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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

困った前提

 虐待問題に取り組むようになってから、弁護士さんと話したり弁護士さんのお書きになった文章を読んだりする機会が格段に増えました。そして、私の抱く弁護士像には「出来るソーシャルワーカーのような発想をする」が加わり、社会福祉から遠く離れた存在ではなくなりました。

 折しも、雑誌「おはよう21」10月号の「トラブル・訴訟を防ぐ! 弁護士が教える介護現場のコンプライアンス」という記事を読み、さらにこの印象は強まりました。わけても、コンプライアンスの問題は、介護現場の「前提」につながる問題であるように思え印象的でした。

 もちろんこれは、介護現場に限ったことではありません。巷で話題になっている問題の多くは、あちこちで前提が崩れてきていることの表れではないかと思うからです。

 官公庁での障害者雇用の水増し問題、スポーツ関連の団体でのパワハラやセクハラの問題、企業による不正の問題などはいずれも、「本来なら正しく行われている」という前提が崩れていることに他なりません。ものごとの土台となる前提が崩れるのですから由々しき問題です。

 虐待に関しても、この前提の崩れは少なからずみられます。たとえば、行政職員は虐待をしないという前提ですが、医師や弁護士はむろん部下ですら虐待だと判断しているのに、おかしな理屈をつけて虐待認定しない市町村の課長などは、「ネグレクト」していると言えるのではないでしょうか。また、利用者やその家族は、従事者に虐待的な行為をしないという前提ですが、暴行や傷害、セクハラ行為、強迫や強要や侮辱などは、現実にはさほど珍しいわけではありません。

 しかも、介護現場では記録されていないことも多く、きちんとした調査研究もあまりなされていません。これでは、実態はわからずより良い対応方法も見いだせませんし、攻撃する人は自分に反撃しない相手を選んで攻撃しますから、利用者やその家族に反撃しないという前提の従事者への虐待的な行為は、増える一方になるのではないか、とかなり心配です。

 よく「日本人は時間を守る」と言われますし、そう思う向きも多いでしょう。しかし、外国人のなかには、「日本人は時間にルーズだ」という人が案外多いものです。彼ら曰く、「日本人は遅刻には病的にこだわるが、会議などは際限なく延長する。結果、拘束される時間は長くなるのだから、ルーズと言わずして何と言う」というわけです。

 前提の崩れに無頓着なことの背景にも、同じような私たちの性質があるのもしれません。「建前が守られ体裁が整っていればあとはお構いなし、という前提」とでも言えるでしょうか。もしそうなら、この困った前提をそろそろ脱却しないと、相当にまずい気がします。

「建ってさえいれば?」
「欠陥とは言わない前提で!」