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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、昭和女子大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

探究心と行動力

 近所に桜の綺麗な公園や並木道があるため、私は毎年桜を思う存分堪能できます。本当に有難いことですが、私は、桜を見ると必ず「志野焼」の茶碗を連想する癖のようなものがあります。

 最近、何かのテレビ番組で、志野焼の人間国宝(重要無形文化財保持者)鈴木藏氏は、色の決め手である釉薬を、5%ずつ配合の割合を変えて何万通りも実験しているという話を聞きました。どうやら、私のなかでは、数多ある色のうち国宝「卯花墻」に代表されるような色と、桜の色が結びついているようです。

 ところで、鈴木氏が志野焼の道に進むことになった経緯には興味深いものがあります。鈴木氏はある時、志野焼の焼物を手にして閃き、出所である寺を突き止めて訪れたところ、その庭の佇まいに焼物デザインのココロとでも言うべきものを感じた、というのです。
 それは、「見せるのではなく感じさせる」であり、桃山時代の芸術の真骨頂なのだそうですが、この話を聞いて私は思わず唸りました。何しろ、5%ずつ配合割合を変えて何万通りも実験を繰り返しているのは、実は「見せるのではなく感じさせる」ためだというのですから、ひねりがきいて何とも格好良い。

 もともと志野焼は、桃山時代の僅か20年間しか焼かれておらず、長らく製法が途絶えていたため「謎の焼物」と言われていましたが、北大路魯山人の星ヶ丘茶寮に勤務していた荒川豊蔵氏が再興しました。

 荒川氏も人間国宝なのですが、鈴木氏と同じようなエピソードを持っています。荒川氏は、出会った焼物の欠片に閃き、調べに調べて焼物の出自が安土桃山時代の志野焼であることを突き止め、研究を重ねて復興したのだそうです。

 私は、これらのことを知るにつれ、今日の志野焼があるのは、焼物の持つ「感じさせる」力に加え、お二人の人間国宝をはじめとする関係者の、焼物に触れて閃きそのルーツをたどる「探究心」と、モノ作りを極めんとする「行動力」なのではないか、と感じるようになりました。

 同時に、虐待という事象に触れ、虐待発生の仕組みを探求し、防止を極めようと行動することにも通じるものがあると思い、自らを省みると、5%ずつ配合割合を変えて実験するほどの緻密をもって取り組んでいるとはいかず、つくづく己の至らなさを痛感します。

 今後、介護予防・日常生活支援総合事業の浸透により、自立度の高い高齢者の虐待を発見する機会が増え、虐待の当事者間に、全く予想外の親子関係が浮かびあがってくるかもしれませんし、よりDV的な様相が見えてくるかもしれません。

 虐待といえば、介護関係にばかり目を向けがちですが、自立した高齢者でも一定数は虐待されていることは周知の事実ですから、ここは一つ、見事に謎の解かれた志野焼にあやかり、探求心と行動力を最大限に発揮していきたいと思います。

「肝心なのは探究心と行動力!!」
「明日から頑張ればいいや…」