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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

自動車の後ろから飛び出す子ども

 水泳の北島康介選手が引退を表明しました。私自身、子どもの頃スイミングスクールに通っていたこともあり、とても感慨深い出来事です。

 たったコンマ何秒を縮めるのに何ヶ月も練習に費やしていた私からすると、二大会連続金メダルというのはまさに「神」レベルであり、さしたる努力もせずに敵前逃亡して水泳をやめてしまった私には、自分の可能性を追求し続けてきた北島選手は、まさに神々しい存在だからです。

 それにひきかえ、わが国のトップ・アスリートとして世界にも通用するほどの選手なのに賭博にハマる者もいますし、これまでにも、スポーツ界や芸能界のスターなのに賭博や麻薬に手を染めた人々のことが、数多く報道されてきました。

 かえすがえす残念でなりませんが、こうなると、スポーツマンや芸能人というより「スポーツや歌や演技の上手なギャンブラー」とか「スポーツや歌や演技の上手なジャンキー」という肩書が相応しいように思えてきます。

 しかも、困ったことに、「◯◯というよりも、◯◯の上手な××」の例の枚挙に暇はありません。耳新しいところでは、「ビジネスマンというより、教科書を売るのが上手な贈賄者」、パナマ文書に名のある政治家や富裕層は、「本業での成功者というより、租税回避の上手な金の盲者」的です。

 あるいは、「◯◯というよりも…」になりやすいのは、人間には普遍的なことなのかもしれません。おそらく、「バレなければ何をやってもよい」というように、誰にも備わる性悪性が「人目のなさ」に刺激されやすいからだと思いますが(「『人目は届いているか」に人目は届いていますか?』をご参照下さい)、私たちは、何をどうすれば良いのでしょうか。

 そこで思い出すのが、自動車教習所などでよく、運転行動を「認知・判断・操作」として説明し、予見的思考という認知行動の大切さが説かれていることです。

 止まっている自動車にも目を向けて、「中に人が居るからドアが開くかもしれない」とか「車の後ろに子どもがいて飛び出してくるかもしれない」とか予見してみることで、リスクを回避するわけですが、「◯◯というよりも…」になりやすいことについても、同様にして、リスクを回避できないものかと考えます。

 犯罪は言うに及ばず、倫理やコンプライアンスの観点からみて疑問符のつくようなことは、「バレなければ良い」ではなく「バレたらどうなる」と予見的思考をするわけです。そうすれば、「介護職というより介護の上手な虐待者」や「虐待対応の責任者というより、責任回避の上手な卑怯者」になる一歩も二歩も前に、正しい”ハンドル操作”ができるという按配です。

 もっとも、こうした予見的思考を身につけるには、それなりのトレーニングが必要だと「予見」できますから、トレーニング方法の案出も今後の課題に加えたいと思います。

「予見不足でこうなりました…」
「不足していたのは、予見ではなく勉強!」