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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

虐対セット

 新年度間近になりました。小学校の新一年生になる知人の息子は喜々として、私にランドセルや文房具の機能を説明してくれます。毎回、初めて聞いたかのように驚いてあげつつ、ふと、カバンひとつに虐待の事例対応の必需品が収まった「虐対セット」があったらさぞ便利だろう、と思い立ちました。

 このセットで、リードに沿って対応すれば間違いないようなら言うことはありません。しかし、必要な物はすべて揃ったうえに可搬性にも優れているとなると、相当な創意工夫が求められます。

 あれこれ考えているうちに3月半ばとなり、防災セットの商品チラシをよく目にするようになりました。「生存確率が激減する72時間(3日間)を乗りきる」とか「東日本大震災の被災者1,000人に聞いた」とか、キャッチコピーの訴求力は十分です。さっそくこれらを参考に考えてみました。

 まずは、目的ですが、対応者がより良いパフォーマンスを発揮できる助けになることが第一です。「発見からの1か月間を乗りきる」といったところでしょうか。となれば、対応のマネジメント・サイクルである情報収集、事前評価、計画立案、計画実施、事後評価それぞれのポイントに焦点を絞りたくなります。

 情報収集なら「調査」、事前評価なら、緊急性、虐待認定、分離、家族の再統合、終結などの「判断」と、虐待発生の仕組みの「仮説」、計画立案なら対応機序の「説明」、対応実施なら「面接」、事後評価なら「検証」といったところでしょうか。

 つぎに、実用的な工夫ですが、防災セットに施された工夫にも、それなりの方向性があります。たとえば、排泄や睡眠などのレギュラーな状況と、怪我や病気などイレギュラーな状況をともに想定する「状況性」、衣・食・住・情報といった必需の生活資源をカバーする「網羅性」、これらをコンパクトに持ち運びする「可搬性」、そして、何をどうすれば良いかを示す「マニュアル」です。

 これに倣えば、調査、判断、仮説、説明、面接、検証を、どんな状況下でも遂行できる必需品にマニュアルもつけて、全体をコンパクトにまとめることになります。なるほど、経験者1,000人に聞く、というのは理に適っていますが、対応のポイントと工夫のキーワードの組み合せを考慮して、入力と出力の助けとなる品物を選ぶと良さそうです。

 たとえば、調査なら、レギュラーな実態調査とイレギュラーな立入り調査の必需品を網羅します。証拠保全や照会や記録に役立つ、写真や録画や録音機材と携帯電話、寸法を測るメジャーや暗がりを照らすペンライト、判断と記録とメモのキットや筆記用具などはすぐ思い浮びますし、救急セットもあると良いかもしれません。

 しかし、品物選びの選択肢の幅は広く、使いこなしのコツもあるでしょうから、実践を通して取捨選択していかねばなりませんが、少なくとも発展めざましい情報通信技術を使わない手はありません。

 マニュアルや様式がインストールされたタブレットPCの示すとおり、作業を進めればよいなんて夢のようですし、全国のタブレットPCのデータがデータベースとして集約され、事例の実態と対応の実情がリアルタイムで把握できるなら、これまた夢のようです。

「ただいま虐待者のお宅に到着で~す。ウフッ」
「虐対セットに自撮り棒入ってる?」