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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

コントロールフリークにご用心

 先日、国から平成26年度の高齢者虐待への対応状況の調査結果が発表されました。養護者による虐待は、前年度より8件(0.1%)の増加であったものの、従事者による虐待は、前年度より79件(35.7%)とまた増えました。

 厚生労働省のHPには、「養介護施設従事者等による高齢者虐待の公表」の項目が加わり、都道府県ごとの状況が分かり易くなっていますが、時期を同じくして、人身安全関連事案にかかわる事件報道が相次ぎ、あれこれ考えさせられます。

 三歳児が母親の屈強な交際相手から「ガンをつけた」という理由で撲殺された事件や、不良ブループによる中学生一年生の残忍な殺人事件からは、加害者たちの自制なきエスカレートの仕組みがうかがい知れますし、入所者への準強制わいせつの疑いで逮捕された知的障害者施設の代表理事の事件には、複数の他の利用者への虐待の疑いもあり、虐待行為の連続性にも思いが至ります。

 自制のなさ、エスカレート、連続性、いずれも従事者による虐待と相通じる部分があるように直感しますが、説明の一つとして「コントロールフリーク」という言葉を想起します。この言葉は、学術用語ではありませんが、何でもかんでも自分の思い通りに支配したがる傾向の極端に強い人を指します。

 コントロールフリークは、対人関係において、何でも勝手に決めつけて反論の余地を与えず、一挙手一投足までも制御したがります。一見穏やかで人あたりの良いことも多いのですが、信じているのは自分だけで、本当は、他人の意見は聞き入れません。そして、自分の思い通りにならないとき、いとも簡単に自制のタガがはずれます。

 根っこには、強い優越感や劣等感があると言われますが、家族間や従事者・利用者間といった近しい関係では、個々のアンビバレンスな愛憎感情が長期間維持されるために、優越感や劣等感も刺激されやすく、無自覚のうちにコントロールフリーク化する危険性は高いように思います。

 そして、支配する側は、いわば抑制を司る脳の前頭前野の未発達なイヤイヤ期の3歳児と同じく「逸脱的な行動の繰り返し→自制の減退→行動のエスカレート」に陥りやすいのですが、近しい関係は解消しにくく、従属する側の「誤解」がこれに拍車をかけます。自己肯定感が低いようだとなおさらです。

 たとえば、「あれこれイチャモンをつけるのは自分を気にかけていてくれている証拠」と受け取り、たとえ詭弁であっても「愛している光線」を照射されようものなら、抗うのは容易ではなくなる、などです。

 別の見方をすれば、コントロールフリークの戦略は、外部との関係が遮断された隔離状態に置き、従来の価値観を否定して新たな価値観を植えつけ、刷り込んだ価値観を安定・強化する「洗脳」に似ています(「あなたの日常生活に潜む虐待の芽(その2)」をご参照下さい)。

 いずれにせよ、職業的な対人援助者にも優越感や劣等感はありますから、私たち自身を一つのリスクとみなし、無自覚のうちにコントロールフリーク化しないよう、危機管理する必要があるのではないでしょうか。

「コントロールフリークだって、怖いネ」
「ボクを操っているお前が言うなよ」