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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

良い世代間連鎖を産み育てる

 厚生労働省のまとめによれば、全国の児童相談所が2014年度、児童虐待の相談・通報を受けて対応した件数が8万8,931件(速報値)と過去最悪になりました。前年度比で20%も増加し、死亡事例も後を絶ちませんから、ことは深刻です。私は、とくに乳幼児への虐待が気になります。「はじめから親なのではなく、子育てを通して親になっていく」とはいうものの、その準備さえないまま子を持つ現実があることを懸念するからです。

 スピーチではよく「親という字は、木の上に立って子どもを見守る様子を表す」と言われます。本当は、「親」の左側は位牌を表し、それをすぐ側で見ていることから、「極めて身近な関係」を意味するらしいのですが、ここでは敢えて前者の説を引きたいと思います。

 すなわち、子を見守るために立つ木は、木なら何でも良いわけではなく、「自分の子を持つまでの間に何年もかかって育てねばならない」と言いたいからです。そして、木を育てられないと、高いところから子を見守れず、それが親の虐待や成長して虐待者となる「芽」を子が持つことにつながります。まるでドミノ倒しのような世代間連鎖ですが、私たちは、どこかでこの鎖を断ち切らねばなりません。

 むろん、これは児童虐待に限った話ではありません。DVでも障害者虐待でも高齢者虐待でも、虐待の危険性は、極めて身近な関係だからこそ伴い、しかも、それが代々受け継がれてしまう可能性があるわけです。確かに、今の虐待者がかつて何らかの虐待の被虐待者であったり、逆に、今の被虐待者がかつて何らかの虐待者であったりする事例は珍しくありません。

 しかし、DVも虐待も増加の一途を辿っている現実と、対応者の適正配置や専門性の向上や関係機関の連携強化など、さほど目新しい課題が出てこないことを考え合わせると、現在の社会的なシステムでは、発生予防の力が弱いと言わざるをえないと思います。

 そこで、考えました。

 第一に、分野横断の視点から今ある社会的なシステムの無駄を排し、社会資源を最大限かつ効率的に活用することです。真っ先に思い浮かぶのは、極めて身近な関係における人身安全関連事案に対応する法律の一本化です。名称は何でも良いと思いますが、「セルフ・ネグレクト」も対象に含め、対応の法的根拠にしたいところです。

 第二に、虐待に限って言えば、養護者支援法の立法化が必要だと思います。児童、障害者、高齢者、いずれも保護・養護者と被保護・被養護者の関係における問題なのに、養護者支援を主目的とする法が無いからです。虐待への対応では、被虐待者の保護だけ考えれば良いわけではなく、おしなべて低い虐待者の自己肯定感の強化が必要不可欠であり、その支援が副次的なのでは困ります。

 換言すれば、保護者や養護者が保護や養護をしやすくするための支援プログラムを広く遍く実施し、そのインセンティブを高めることが、DVや虐待などの悪しき世代間連鎖を断ち切って良い世代間連鎖を産むことになると考えます。よって、私は、この支援プログラムなくして、社会全体の発達と保護のバランスはとれず、「一億総活躍社会」など夢のまた夢だと思います。

「良い世代間連鎖ちゃん」
生まれました!