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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、昭和女子大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

幽霊の正体見たり、枯れ尾花

 先週、無届け介護施設の3人の男性介護職員が、入居者の女性への暴行容疑で逮捕されたニュースを知りました。3人は、入居者の反応を面白がって、動画撮影していたといいます。彼らの笑い声とともに。

 類似の事例は、これまでいくつも報道されていますが、私には、加害者たちに共通点があるように思えます。それは、彼らは「笑いたい」ために暴行しているふしがある、という点です。

 もちろん、この場合の笑いは、親和的や愛他的なものではなく、嘲笑やせせら笑いなど攻撃的なものですが、彼らにとっての暴行は笑うための手段だ、というわけです。

 私は、彼らがこうした類の笑いを欲するのは、慢性的な「疑心暗鬼」を解消するためなのではないか、と考えます。

 疑心暗鬼とは、疑いの心があるとなんでもないことでも怖れる、という意味です。

 高齢者虐待の事例では、被害的な妄想のある養護者が、周囲を全て敵とみなして介入を拒否するため、高齢者の安否確認ができず、立入調査に至るような事例が思い浮かびます。では、従事者の場合にはどうでしょうか。

 私は、常日頃から疑いの心を持っていると、「攻撃こそ最大の防御」とばかりに「攻撃的な笑い」を求め易くなるように思います。

 そして、加害者の疑心は、自己肯定感の低さゆえのネガティブ思考に由来するため、他者全般、仕事としての介護、自分の所属する組織など、枚挙に暇はありません。

 疑心が慢性化するのも頷けますが、イジメやパワーハラスメントの加害者にも通じるのではないか、という気もしてきます。

 しかし、疑心暗鬼に陥った人は、「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」になり易いとはいうものの、明らかに自分より力の弱い攻撃対象を、恐れているのでしょうか。私には、彼らが本当に恐れているのは、別の何かではないか、と思えてなりません。

 本当に攻撃したい相手は別にいるけれど、勝てそうにないとか、過去のことだから今更蒸し返せないとか、理由はさまざまでしょうが、思いを遂げられずにいる。

 そのため、加害者は、身近にいて勝てそうな相手を探しますから、矛先は自然と弱者に向かい、虐めては面白がることで、虚ろな勝利に一時の安堵を得ます。まるで、リベンジの代償行為のように、です。

 しかし、本当の相手を倒したわけではないので、真の達成感は得られませんから、常に弱い者虐めをしていないと、落ち着きません。

 よく、劣等感の塊のような人が、ことさら人を見下して尊大な態度をとっていることがあります。そうしていないとないと、劣等感が癒やされず、一時も安堵できないからですが、同じような仕組みです。

 こうしたカラクリなのだと思うと、いつまでもネチネチと根に持っているというか、諦めが悪いというか、加害者の人間としての器の小ささに、それこそ失笑しそうです。

 もっとも、自らを振り返ると、「自分も同じようなものだ」と、背筋が寒くなるほどにゾッとするのも事実です。

嘲笑う門には、私服(刑事)が来る!?