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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

けだし名言「らしく、ぶるな」

 落語家の立川談志師匠の遺品のなかに、八代目桂文楽師匠が「らしく、ぶるな」と書いた色紙があったそうです。おそらく、この言葉は、日本資本主義の父と称される渋沢栄一氏の文章を縮めたものだと思いますが、対人援助職の心構えとしても、言い得て妙な言葉です。

 渋沢氏は、成功した実業家として唯一自らは財閥を作らず、「養育院」の院長を約50年の長きに渡り務められましたので、福祉に携わる者なら誰もがご存知であろう有名人です。

 私も、若かりし頃、憧憬から氏の『論語と算盤』を読んだものです。確かその本のなかに、処世の要諦は、「らしく」「ぶるな」の二語にある、という下りがあったと記憶しています。

 手塚治虫氏の漫画に『ブラック・ジャック』という無免許医を主人公した名作がありますが、この漫画はまさに「医者らしく、医者ぶるな」の精神で貫かれているのではないでしょうか。

 私には、作者はわざと主人公を無免許医にして「医者ぶらず」を表現し、主人公が見せる患者の治療に対する鬼気迫る執念によって、「医者らしく」を表現したかったのではないか、と思えるからです。

 医師免許は、国家資格としては最高峰の一つです。それでもなお、「資格に胡座をかくな」と言うわけですから、私が、ライフワークとして目指す「虐待問題の専門家」程度で「ぶる」なんて、とんでもないことです。

 あるいは、「らしく、ぶるな」の追求には相当の覚悟が必要であり、「最高峰の国家資格とは、その覚悟を持つ者の証なのだ」と言うと良いのかもしれません。

 ところで私たちは、夫や妻、親や子、同胞、同僚や部下や上司など、様々な役割の総体として存在しています。そして、「らしく、ぶるな」は、そのいずれにも当てはまります。ですから、どれか一つくらいは、「らしく、ぶらずに」いられる気もします。

 しかし、そう簡単ではないような気もします。「らしく」するのは難しく「ぶる」のは容易いため、つい優越感や劣等感に囚われて、バランスを失いやすいからです。

 最近、芸能ニュースでは、「おしどり夫婦」と呼ばれてきたご夫婦の離婚問題が、「モラル・ハラスメントではないか」と話題ですが、虐待事例でもよくみられる、モラル・ハラスメントのあるカップルには、「ひたすら夫らしくなく夫ぶろうとした夫」と「ひたすら妻らしく妻ぶらないようにしようとした妻」の組み合わせが、多いように思えます。

 本来なら、一人で「らしく、ぶらずに」の均衡をとるべきところを、二人で、「らしく」と「ぶらずに」を分担しているような状態です。

 そのため、極端に夫ぶった夫と極端に妻らしい妻の、支配と服従の関係になりますが、これでは妻はやっていられません。「らしく」するほうがずっと大変なのですから。

 その結果、妻の意欲性、克服性、転換性、耐性は、順に萎えていき(詳しくは「あしたのために(その2)=虐待対応の基礎練習=」をご参照ください)、最終段階として、妻は、関係を解消すべく離婚の道を模索するようになります。

 ただし、虐待事例では、こうした行動力もなく、ただ「声なき叫び」をあげるだけの被虐待者が少なくはありません。

食通の客「すき焼きらしく、すき焼きぶるな」
店主「!?」