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トウシツの歩き方――国境を越えて、統合失調症を越えて

フラーノ・哲平(ペンネーム)

ブラジル留学中に統合失調症を発症した著者が、2016年にはリオ五輪を控えているブラジルの文化を交え、悪戦苦闘しながらも症状を乗り越えていく軌跡を綴ります。(隔週木曜連載)

プロフィールフラーノ・哲平

1981年ポルトガル生まれ。東京・ブラジル育ちの日本人。ブラジル留学中に統合失調症を発症し、現在投薬10年目。日本に帰国後、症状に悩まされながらもなんとか大学院を修了。得意なポルトガル語を駆使したアルバイトを続けながら、いわゆる「フツー」に生活できるまでに寛解した。2012年10月にとある企業に就職し、仕事の合間にこよなく愛するブラジル音楽を演奏する日々を送っている。体育会系太鼓チーム『Baqueba(バッキバ!)』所属。

バッキバHP:http://baqueba.blogspot.jp/

第17話 大きな力

ニテロイのバスターミナル入口

 リオやイグアスでの神秘体験を経て、僕の興味は神を初めとする宇宙を司る“大きな力”に向いていた。小学校の頃習った宇宙の起源であるビッグバン。僕はそれ以前の世界に興味があった。ビッグバンが起こって宇宙が始まったことを人間は科学的に突き止めたが、それ以前の世界について教わることはなかった。また、ビックバン以降宇宙は広がり続けているが、宇宙の外側には何があるのか。幼かった僕はそういう事を寝しなに考えては、触れてはいけない世界について考えているようで怖くなり、眠れなくなることもよくあった。

 今回の体験を経ることでそれらの疑問に対して少しではあるが答えに近づいた感覚になっていた。宇宙は“大きな力”に支配されていて、自然はその摂理に則って動いているだけである。僕たち人間も自らの意思で行動していると思っているが、実はそれぞれの魂が“大きな力”の渦の中で自らの意思を超越した次元で動かされているのだと。

 “大きな力”とは一般的にいう“神”のことを指すが、“神”という語自体宗教的なニュアンスを含むので、僕は“神”という言葉は使わなかった。。人間が“大きな力”を擬人化した結果“神”という概念が生まれたに過ぎないのだと。自分が宇宙の一部であるという感覚を持ち、その宇宙を支配する“大きな力”に逆らわず行動することが自然体であるということ。その自然体を会得し、説得力を持って説明できる人間になれれば、世界平和に寄与できる人材となれると僕は確信を深めていった。僕の興味は大学で学ぶアカデミックな学問よりも、ブラジルでしか体験できない日常生活に確かに存在する意識を超越した無意識の世界に向いていた。大学には行かず、日々ブラジル人を観察するようになった。

 ある日、僕はニテロイとリオを結ぶフェリーが止まる船着場に来ていた。目的はなかった。ただその地を行き交う人々が作り出す調和の中に居るのが心地よかったのだ。ブラジル人が身に着ける洋服の色彩、人々の歩き方、路上で会話する人々のゼスチャー。それらが見事なまでの調和を織り成し、まるでその地をキャンバスにしたアートのように感じていた。美術館で絵画を鑑賞するように、僕はそこにあった日常の風景を感動しながら眺めていた。そしてたまに自分の居場所を変えてみる。するとニュートンが言う万有引力によってすべてのものが相互に作用し合い、その場は姿を変え、また違った美しさを見せた。アートの一部になっている自分に酔いしれながら、僕は何も考えずに時間を過ごした。

 一人の少女が歩道を挟んで僕の目の前に来た。5歳くらいだろうか。金髪を長く伸ばし、目が青く、ピンクの洋服がかわいらしい少女だった。無表情に近い面持ちで彼女はじっと僕のことを見つめていた。僕も彼女の目から視線を外さなかった。少し離れたところでは、彼女の家の家政婦らしきふくよかな黒人女性が荷造りをしている。数分だろうか、僕たちは見つめ合い続けた。すると突然彼女が顔の表情を変えた。