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トウシツの歩き方――国境を越えて、統合失調症を越えて

フラーノ・哲平(ペンネーム)

ブラジル留学中に統合失調症を発症した著者が、2016年にはリオ五輪を控えているブラジルの文化を交え、悪戦苦闘しながらも症状を乗り越えていく軌跡を綴ります。(隔週木曜連載)

プロフィールフラーノ・哲平

1981年ポルトガル生まれ。東京・ブラジル育ちの日本人。ブラジル留学中に統合失調症を発症し、現在投薬10年目。日本に帰国後、症状に悩まされながらもなんとか大学院を修了。得意なポルトガル語を駆使したアルバイトを続けながら、いわゆる「フツー」に生活できるまでに寛解した。2012年10月にとある企業に就職し、仕事の合間にこよなく愛するブラジル音楽を演奏する日々を送っている。体育会系太鼓チーム『Baqueba(バッキバ!)』所属。

バッキバHP:http://baqueba.blogspot.jp/

第34話 事件当日(2)

傾いていることで有名なサンパウロ州サントスのマンション群

 町内の掲示板の前で待ち伏せしていると、角を曲がってきたのは一人の女子高生だった。相手を選ばず、次に角を曲がってきた人に声を掛けようと決めていた僕は、躊躇せずその女の子に声を掛けた。

「すいませんが、このポスターに描かれているお祭りについて何か知りませんか?」

 ポスターには日時、場所などの情報しか書かれていなかったので、僕の興味を満足させる説明や解説がどうしても欲しくなっていたのだ。

「ごめんなさい。わかりません。」

 そう簡潔に答えて彼女は大通りの方に向かおうとした。残念だが、また次に来た人に聞こう。「どうもありがとう」と言おうとした瞬間だった。赤いマフラーを巻いた彼女が思い出したかのように振り返った。

「鬼洗いという行事なら聞いたことあります」

 僕の中に閃光が走った。「この女の子は何か知っている!」さらに多くの情報を彼女が知っているのではないかと瞬間的に感じた。もっと知りたい。教えて欲しい。僕は底なしの知への欲求に駆られてしまった。

 すぐに大通りの方に向かう彼女に追いつき、僕は「詳しく教えてもらえないか」と尋ねた。
 彼女は「ごめんなさい」と言いながら、歩みを止めることなく通学路へと向かっていく。彼女について行き、改めて教えて欲しいと乞う。
 彼女は再度断ったが、僕には「(知っているけど行かなければならないので教えてあげられなくて)ごめんなさい」と聞こえていた。

「遅刻してしまうので」

 彼女は大通りの歩道を早歩きしながら僕に対して教えられない理由を言った。どうしても彼女から聞き出したいと思った僕は食い下がった

「もし遅刻したら担任の先生にその理由を僕から説明するから教えてほしい。」

 しかし、彼女は「ごめんなさい」と言うだけで足を止めてくれることはなかった。歩道には他の通学中の女子生徒も歩いていたが、その子たちの歩く速さより数段早い速度で彼女は歩いていった。その速さに合わせて歩きながら、僕は彼女に質問を繰り返した。

 しばらく歩くと、彼女の通う女子高にたどり着いた。校門をくぐるとその子は一目散に校舎に駆け込んだ。僕もそれに続き校舎に入ろうとしたその瞬間、門衛に声を掛けられた。

「お兄さん!校内に入るなら手続きをして下さい!」

 門衛は落ち着いた様子で急ぐ僕を呼び止め、入館の手続きを説明した。彼の指示に従い自分の学生証を提示し、住所氏名などの必要事項を書類に記入した。門衛は特に不審がることもなく手続きを進め、服に付ける見学者用のバッジを渡してくれた。その間2、3分ほどだった。バッジを胸に付けながら振り返るとまったく想像していなかった光景が目に飛び込んできた。20人近くの教職員の集団が校舎の入り口を塞ぐように立ちはだかっていたのだ。

 数秒の睨め合いの後、中央から赤いジャージを着た、いかにも体育教師といういで立ちの男が竹刀を片手に歩み寄ってきた。僕はとっさに着ていたダウンジャケットを脱ぎ捨て、持っていた小さなカバンの中身をすべて地面にばら撒いた。凶器を所持していないというアピールのつもりだった。それを見届け、体育教師は落ち着いた様子で切り出した。

「自分が何をしているのかわかっているのか?こちらはそれなりの対応をさせてもらう。いいか?」

 僕の精神は興奮状態にこそあったが、自分がしていることはすべて理解していた。不法侵入もしていなければ、危険物所持もしていない。僕は、「わかりました」と返答した。

 それを聞いて、女性職員が小走りで校舎の中へと入って行った。好奇心旺盛な生徒が外に出てこようとするのを数名の職員が制止している。校舎の廊下側の窓は騒動を聞きつけ身を乗り出す女子生徒たちで埋め尽くされていた。教員たちと僕の睨み合いはしばらく続いた。

 この均衡を破ったのは警察だった。一台のパトカーが敷地内に滑り込んできたのだ。教員が警官に事情を説明しに行き、僕の方へと一人の警官が歩み寄ってきた。見ると、先ほどアパート前で調書を取っていた警官だった。警官は「またお前か」という表情をしながら僕の方に歩み寄り、状況確認をしてきた。事実に間違いがないことを確認した後、僕はその警官に連れ添われながらパトカーに乗せられた。ゆっくりと滑り出したパトカーは、通りに出ると一気に加速し、サイレンを鳴らしながら朝の京都を駆け抜けたのだった。