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トウシツの歩き方――国境を越えて、統合失調症を越えて

フラーノ・哲平(ペンネーム)

ブラジル留学中に統合失調症を発症した著者が、2016年にはリオ五輪を控えているブラジルの文化を交え、悪戦苦闘しながらも症状を乗り越えていく軌跡を綴ります。(隔週木曜連載)

プロフィールフラーノ・哲平

1981年ポルトガル生まれ。東京・ブラジル育ちの日本人。ブラジル留学中に統合失調症を発症し、現在投薬10年目。日本に帰国後、症状に悩まされながらもなんとか大学院を修了。得意なポルトガル語を駆使したアルバイトを続けながら、いわゆる「フツー」に生活できるまでに寛解した。2012年10月にとある企業に就職し、仕事の合間にこよなく愛するブラジル音楽を演奏する日々を送っている。体育会系太鼓チーム『Baqueba(バッキバ!)』所属。

バッキバHP:http://baqueba.blogspot.jp/

第28話 悲しみという名の氷

「ブラジルでチアーゴとルームシェアしていた部屋」

 暖かい陽射しが障子にあたり、優しく寝室を照らしていた。外ではすずめたちが朝の挨拶をしている。厳しい冬を乗り切った生命が生の歓びを体いっぱいに表現する春。僕の周りでは、当たり前のように時が流れていた。

 僕は寝室の布団の中でうずくまっていた。膝を抱えるような姿で、時に「ウー」とうめいていた。寝室隣のリビングでは母がテレビを見ているようだ。こちらの様子を多少なりとも気にしているのだろうか。僕は流れる時のなかで何もできずにいた。

 悲しい。

 何もしていないのに、ただただ悲しかった。僕はうずくまりながらそれまでの人生を振り返っていた。色々な思い出があった。ブラジルに留学する前も、留学中も、僕は楽しい人生を謳歌していた。時に人の相談にのり、勇気を与えることもできた。常に人の気持ちを考え接してきたつもりだった。いつでも人間関係やそれを取り巻く世界が、よりよいものになることだけを考え生きてきた。人に恨まれたり、憎まれたりするようなことはやってきていない。道徳的、倫理的に考え、行動してきたつもりだった。今まではその自負が僕という小さな人間を支えていた。しかし、その軸となる柱がひっくり返ってしまい、それらすべての思い出が悲しく、虚しいものにしか感じられなくなっていた。温かい人間関係を構築してきたはずなのに、思い出せば出すほど僕の過去を否定されているようだった。

 僕の心の中に“悲しみ”という名の大きな氷ができてしまった。

 過去の温かい思い出に触れるたびに悲しみの氷はその熱で溶かされ、悲しみが僕の中で充満してしまう。温かくされればされるほど、その氷が溶け僕は悲しくなる。

 僕の中の氷はいつ無くなるのか。このまま僕は心にこの氷を抱えながら生きていかなければならないのか。僕は布団の中で途方もない悲しみに打ちひしがれていた。

 僕には精神を病み、心に深い傷を負ってしまった友人がいた。彼はその過程でキリスト教と出会い、数々の教えを学ぶなかで、自分の気持ちを整理し、自分を保つ努力をしていた。苦しみの中に救いを見出したのだ。

 今の僕に宗教があればどんなに楽だろう。この苦しみは神から授かったもので、これを乗り越える過程で様々なことを学び、そして、その先には幸せが約束されている。そんなことを心の底から信じられる自分がいたとしたら、どんなに楽だろうか。もし、そうやって世界中の悲しみに包まれた人々を救済できるのだとしたら宗教は偉大だ。しかし、僕には信仰はあるが、宗教がなかった。すがるものがなかった。

 母が僕に無関心でいるわけではないことは僕にもわかっていた。きっとどう接していいかがわからないのであろう。だが、僕からしてみれば、今では母もまた戦わなければならないセイヨウイガクの使徒となってしまっていた。

 昨日の薬を飲んでからというもの、僕には現実感がなかった。生きている感覚がない。すべての刺激は僕の中で悲しみへと変化し、虚無感に包まれた時間だけが過ぎていく。いつまでこの状況が続くのか。この先の人生がもしこの状態が続いていくのだとしたら……そう考えるだけで、僕の気持ちはさらに深い悲しみの沼に沈んでいくのだった。

 未来。夢。希望。今まで抱いてきたポジティブなイメージにたどり着いても、すぐに反転しネガティブなものとなってしまう。

 悲しい。

 僕は布団の中でうなりながら、体を小さく小さく丸めることしかできなかった。僕の春は遥か遠く、寝室を照らす暖かい陽射しは強烈な皮肉としか感じられなかった。

toushitsu0305-1

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