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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第20回 おいしい介護食を提供できる人に
公益社団法人全国調理職業訓練協会認定資格「介護食士」(前編)

はじめに

 介護食士という資格があることをご存知でしょうか。公益社団法人全国調理職業訓練協会が、介護に携わる人の調理技術を向上させる目的で、2001年から取り組んできた資格制度で、現在、全国に3万人を超える有資格者がいます(1級525名、2級4969名、3級25207名/2014年3月末現在)。

 食欲がダウンしていたり、味覚が衰えていたり、食べ、飲み込む力が弱っている人も、おいしく食べられ、必要な栄養がとれる介護食をつくることができる「知識・技術・技能」をもっていることを、同協会が保証する資格です。
 調理に携わる人を育てる専門学校の全国組織である協会が主宰する資格制度ですが、2、3級の有資格者は調理師または調理師をめざしている学生に限らず、介護関連の仕事に就いている人や、一般の人も含まれます。
 今回は、この資格制度のあらましと教育体制について、同協会の介護食士事業推進委員会に取材しました。

「おいしい食事を、口から食べる」を支える
腕の立つ料理人を輩出するために

 介護施設で提供される食事は「おいしくない」と言われることが少なくありません。実際に、残飯の多さに苦慮している施設も多いと聞きます。
 「おいしい」「おいしくない」は個人的な問題です。給食にかけられる予算や栄養重視の献立など、いろいろな問題が複合的にあるほか、要介護者の多くが「食欲がない・食が進まない」状態にある、という問題もあります。ですから、「おいしい」と評され、完食される介護食をつくることは大変な仕事です。

「要介護者にとって『栄養』は命に関わることですが、どんなに栄養豊富なメニューを提供しても、食べて、消化吸収していただかなくては栄養になりません。ですから、介護食は『食べ飲み込むことにトラブルがある人も口から食べられる食事、栄養とおいしさと食べやすさに配慮された食事』でなければなりません。全国調理職業訓練協会の介護食士は現実的にその調理・提供ができることを重視しています」とは、介護食士事業推進委員長(同協会専務理事、学校法人山崎学園理事長・群馬調理師専門学校長)遠山巍先生です。

 そうした考えは、資格をとるための講習会カリキュラムに反映されています。資格は、

  • ・3級 介護食の基本知識・技能を得る(健康な高齢者が、見た目においしく、食べてもおいしい栄養バランスのとれた食事をつくることができる)
  • ・2級 介護食の基本から応用までの知識・技能を得る(軽い障害のある人がおいしく食べることのできる食事をつくることができる)
  • ・1級 さまざまな介護のありように応じた介護食の専門知識・技能を得る(障害のある人がおいしく食べることができる食事をつくることができ、病院以外の施設において管理者になれる)

の3つがあり、取得するには、誰でもトライできる3級でも同協会が認定する施設(ほとんどすべての協会加盟校・賛助会員校)で72時間におよぶ講義・実習を受け、修了試験をパスする必要があります。

 その講義の内容は、

  • ・知識(料理における科学知識と、調理の技術に関する知識)
  • ・技能(見た目においしそうで、食べておいしい料理をつくる技能)

の基礎全般を学ぶものになっています。
 とくに実習(調理理論含む)には47時間をとり、日本料理のほか、洋食、中華、行事食、郷土料理、季節料理、減塩食、機能食など多彩な調理を学びます。

「全国どの施設で受講しても同じ内容のカリキュラムを学ぶことになりますので、有資格者の教育レベルは保たれています。72時間の講習は、調理師をめざす学生の場合なら『夏休み返上』で取り組まなければ修了できない内容の濃さですし、一般の方が働きながら受講する場合などとても大変です。
 しかし、それがやり遂げられなければ食べる人の命に関わる仕事はできません。料理の腕は『こしらえた回数』に比例して上がるものなので、簡単に資格を保証することはできません」。

 資格を取得した後も、繰り返し介護食をつくることで腕を磨く必要があり、受講者には「資格は内容あってのもの。将来、自分が要介護者になったとき、自分の命を任せることができる人にならなくてはならない」と説いているとのことです。
 実は、一般企業が主宰していて、似たような名前の資格が短期間の通信教育(座学)でとれる制度もあるのですが、同協会の介護食士事業推進委員会は年々教育水準を高め、社会に介護食の“腕の立つ料理人”を輩出することにこだわり続けています。
 2級は、協会の認定施設で3級を得た人がさらに72時間、専門的な知識と技能を学ばなければ取得できません。1級は、2級を取得した後、2年以上介護食調理の実務に携わった経験のある人(25歳以上)がさらに72時間、専門的な知識と技能を学ばなければ取得できません(現在、2級、1級の講習会が受講できる施設は限られます)。

「介護の現場で要介護者を尊重し、栄養士や介護者と連携して、すこやかに働くには、栄養学や食品学など調理に関係があることに留まらず、高齢者の心理や介護・介助の知識なども含め、広範囲の学びが必要です。超高齢社会になり、介護について考え方やしくみも日々変わっていますから、カリキュラムは随時改訂しています。テキストを印刷・製本し、固定化してしまうのを避けているのはそのため」(遠山先生)。

 拝見したテキストはルーズリーフ形式で、改訂箇所の更新が簡単にできるようになっていました。内容の構成・改訂は、実際に介護士教育に携わる教育者が行なっていて、介護現場で即戦力となる実のある教育に力を注いでいることがうかがえます。

「介護食士の知識と技能を求めるニーズは既に高く、今後より高まると考えられますが、まだ十分に供給されていません。この資格を広め、世間の認知を高めるには、有資格者が社会貢献することで、実力が評価されるよりないでしょう。そのために『教育』が最も大切だと考えています」(遠山先生)。

 次回も引き続き、後編として介護食士の仕事内容と活躍の場、展望について掲載予定です。