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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第12回 未来の食卓を創造する
キユーピー株式会社の取り組み(後編)

はじめに


 前回より、市販介護食品の先駆けメーカーであるキユーピー株式会社に取材した内容を紹介しています。前回は、同社がマヨネーズの開発・製造以来、変わらぬ理念に基づいてものづくりを行ってきたこと、新たな食生活提案の伝統、介護食品においても味わう喜びを創造する工夫等についてうかがいました。

 今回は、ベビーフードや病院・施設用栄養補給食、治療食を礎にして開発され、1999年から市販されている介護食品「やさしい献立」シリーズについてうかがった内容をご紹介します。

介護食市場を牽引してきた商品特長

誰に、どう「やさしい」シリーズか

 現在、「やさしい献立」シリーズは『かたさ』や『粘度』で選べる4区分61品と、『とろみ調整』2品のラインナップで発売されています。シリーズが誕生した時点では7品目でしたが、市場で認知されず、あまり売れていなかった市場投入3年目に、既に50品目以上に拡充したことは、前回の記事でもご紹介しました。
 同様に、価格も3度に亘って見直し、段階的に発売当初より4割程度値下げしたとのことです(例:主菜1食分や、おじや1食分など現在希望小売価格180円、200円、デザート同150円他)。

「売れる前から、買いやすく。売れたら、またその分、買いやすく。度重なる商品拡充や価格改定は、戦後24回の値下げを行ってきたマヨネーズと同じく『普段使い』をしてもらうため」と同社家庭用本部加工食品部加工食品ヘルスケアチーム・チームリーダーの師田努さんは話します。

「介護食品は、食べる人の食生活の充実のための商品であると共に、食事介助をする人の負担を軽減する商品にならなければなりません。食事の準備や介助にかかっていた時間や労力が減り、できたゆとりを他のケアや、介護する人のQOL改善、休養に当てていただきたいので、買いやすさが大事です。

 1週間21回の食事のうち、数回ご利用いただく場合にも、飽きずに、お財布の負担も少なくて済むように。でなければ普段使いになり得ません。
 これはベビーフードを作ったときも同じでした。弊社のベビーフードは、味覚を育むことはもとより、お母さんと赤ちゃんが遊んだり、のんびりしたりする時間を増やすために使ってもらいたい商品を拡充してきたのです」(師田さん)。

 なるほど、今ではその意義も理解され、広く認知されたベビーフードも、そうなるまでには時間がかかったということで、同社にはベビーフード市場開拓で培っていた忍耐力があるということでしょうか。市場が育つまで、ある程度の時間がかかること、その間はある意味「投資」であることが想定内です。
 お話からは、商品が売れて利益が出るというのは必須の課題でも、メーカー目線でものづくりをしてもそれは達し得ないという気概が伝わってきました。ベビーフードは子育て中のママと赤ちゃんの身になって、介護食品は要介護者と介護する人の身になってものづくりをする姿勢がうかがえたのです。

 市販介護食品はいつの時代でも潜在ニーズがあった商品群だと思われますが、食べることが困難になった場合の状態や、食事介助の負担などは、実際に身近にそういう問題が起こらなければ、分かりづらいもの。商品の認知の広がりに時間を要すとはいえ、超高齢社会の到来で、情報を求めている人は増え、ニーズは顕在化してきています。

「実際に、介護保険サービスの運用状況の中で『食事の準備、介助』に使われている時間が大きく、サービス向上のためには工夫が必要と考えられてきています。
 今後、在宅介護が増えることが見込まれ、在宅での栄養ケアのシステムも試行され始めました。高齢の方の自立支援の一環でケアマネージャーやヘルパーなどに選んでいただけるシリーズにしていきたいと考えています」(師田さん)。

 今後は家庭での使い方提案、地域包括ケアの中での使い方提案に一層尽力して、必要としている人に商品情報を届けていくということです。