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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第11回 未来の食卓を創造する
キユーピー株式会社の取り組み(前編)

「やさしい献立」シリーズの背景

全てはマヨネーズと同じ理念から

 キユーピー株式会社といえばシンボルのキューピーちゃんか、マヨネーズやドレッシング、パスタソーソ、ジャムなど日常よく使う食品を思い浮かべる方が多いでしょう。中でもマヨネーズは、おそらく知らない人はいない、定番のソースです。
 マヨネーズが家庭の食卓に普及したのは第二次世界大戦後ですが、発売は戦前のこと(戦時中一時生産ストップ)。国民の健康・栄養状態を改善する卵黄たっぷりの高栄養食品として開発されたそうです。
 そして同社の場合、このマヨネーズ以来さまざまなジャンルに亘る多品目の商品のいずれも、基本として同じ考えに基づいて開発・製造されてきたといいます。

「商品にはさまざまな機能が求められると思いますが、まず、おいしさと健康づくり(栄養状態の改善)に貢献するものであることが基本で、弊社の伝統です」と説明してくださったのは、同社家庭用本部加工食品部加工食品ヘルスケアチーム・チームリーダーの師田努さん。
 後に生活習慣病(当時は「成人病」と言っていた)の危惧が叫ばれるようになり、栄養過多、偏りに気をつける人が増えるすこし前からは、脂質やカロリー、塩分のとり過ぎ予防などをサポートする商品を発売しました。
 日々の食事で健康づくりをする大切さや、栄養改善、野菜不足予防などを啓発しながら、ノンオイル製品やカロリーオフ製品、減塩製品を増やしていったのだそうです。

「弊社では一般商品の味づくりの技術と、ベビーフードや治療食を製造する技術革新をリンクさせて、おいしさと健康づくり支援機能を併せもつ新たな商品群を作り、マヨネーズなどの既存商品の市場に広げてきました。
 例えば低糖度ジャムを始めたのは1970年で、カロリー1/3のドレッシングを発売したのは1983年、カロリー半分のマヨネーズは1991年でした。
 若干早過ぎて、発売してもしばらくはお客様の目に留まらないので、なぜこうした商品をご利用いただきたいのか、お客様のメリットは何か、商品告知以上に『使い方訴求』が必要になるというのも伝統です」(師田さん)。

 日本肥満学会他がメタボリックシンドロームの診断基準を公表したのは2005年ですから、同社の低糖・カロリーオフ商品発売が早く、当初消費者にはピンとこなかったというのも分かります。
 たっぷり栄養がとれる商品として開発されたマヨネーズですが、ラインナップ拡充では、栄養のとり過ぎを防ぐ商品も追加されたというのは、時代によって変化する国民の栄養状態に臨機応変に対応し、ものづくりされてきたことを物語るエピソードでしょう。
 ご存知の通り、今日そうした商品は定番のものになり、より高機能になって、生活習慣病予防を心がける消費者から指示されています。

 そして同様に、介護保険制度の見直しが行われ、家庭での介護において食事介助の負担が大きくなり、さらに高齢者の低栄養のリスクが叫ばれるようになる未来を見越して、同社が1999年に発売した市販介護食品シリーズが「やさしい献立」ということです[]。

「最も」のハードル超えるために

「やさしい献立」シリーズの味づくりや価格設定、使い方提案のチャレンジについては次回にご紹介するとして、このシリーズを生み出し、育ててきた背景にある同社のものづくり理念について、もうすこし詳しくご紹介しておきたいと思います。
 時々の、国民の栄養状態に臨機応変に対応してものづくりがされてきたことは先述しましたが、このシリーズの場合は、高齢者など摂食嚥下機能に障害がある人の「低栄養と健康被害」を防ぐ支援をする商品群として設計されています。

「ご高齢の方や、年齢に関わらず噛み飲み込む機能が低下している方が、摂食嚥下機能に合わせて食事を楽しんでいただけるよう、開発された食品を『ユニバーサルデザインフード』といいます。
 どういった食品が食べやすいか、選んでいただきやすいように、日本介護食品協議会では『かたさ』や『粘度』の規格で4つの区分と『とろみ調整』の統一表示をしており、弊社は市販介護食品の先駆けメーカーとしてこの表示の制定に携わらせていただきました。
 そしてほとんど商品が売れない初期から、アイテム数を50品目以上に増やして、手前味噌ながら『市場を作る』覚悟で取り組んできたのです」(師田さん)。

 やがて本当に必要としている人に商品が届くには、たくさんの食品が並ぶ売り場で埋もれさせてはならない。それは、キユーピーグループの経営理念に『一人ひとりのお客様に、最も信頼され、親しまれるグループをめざします』とあるため、とも。

「この『最も』という部分が、大変ハードルが高いところ。忘れると叱られます(笑)。新しい商品を開発する上で、最後に問われるのが『最も』をクリアできるかどうか、です。
 数年~数十年後にどのような栄養上の問題が起こるか、そして、飽食といわれる時代に『食事を楽しむ』ことから置き去りにされている方はいないか、食品メーカーとして考えた末、答えの一つにユニバーサルデザインフードのシリーズ化がありました。
 ユニバーサルデザインフードが使いやすくなれば、食べる方だけでなく、食事介助する方にもメリットは大きいのです。そういう商品、市場の活性を達成して『最も』のクリアになるので、より認知され、選ばれるようにならなければいけません」(師田さん)。

 一方、食の機能性だけを追求するのではなく、摂食嚥下機能が低下していても、食べる意欲を失わず、食事が楽しめることも重要視し、「やさしい献立」シリーズにはデザートやゼリー寄せなど、ちょっとオシャレな食卓を用意することができるアイテムも多数追加されています。

「食事は単に栄養をとるだけのものではないと考えており、グループの経営理念には『おいしさ・やさしさ・ユニークさをもって、食生活に貢献する』とも掲げています。
 昨今、お客様が望まれることはおいしさ、栄養に限らず、『食卓を囲んだ楽しいひと時が思い出になること』であるようです。記憶に残る食卓という場に出される食べ物を作っているメーカーとしては、ご家族全員の願いに応えるラインナップをめざしていこうということで、『やさしい献立』シリーズの開発でも他の一般品も同様に、味わう喜びを感じていただけるように工夫をしています」と、同社広報部メディアコミュニケーションチームの菅原隆史さん。

 ちなみに「愛は食卓にある」という同社のコーポレートメッセージには、食卓が「家族の温もりを感じる場であり、感謝する心を養う場、人と人との絆を太くする場であるように」という願いが込められているそうです。

 次回も引き続き、「やさしい献立」シリーズについてうかがったお話を掲載予定です。

 なお、過去の本連載記事でも取り上げたことですが、比較的元気な高齢の方の場合も、気がつかないうちに低栄養になり、それが他の問題に連鎖することがあるので、日々の食事で必要な栄養がとれるよう心がけたいものです。同社では以下のような啓発VTRを作成し、啓発しています。家族や地域で、活用されてはいかがでしょうか。

参考映像:『高齢期は食べ盛り~正しい知識で老化を防ぐ~』
監修:人間総合科学大学人間科学部教授・熊谷修先生
 飽食の時代といわれる一方で、高齢者の「栄養失調」が問題視されている。本映像では、高齢期における栄養の大切さを解説し、食生活を改善する方法を提案している。また、食欲を失いがちだった高齢者が周囲の力も借りて、いきいきとした毎日を取り戻した姿も紹介。一人でも多くの人が元気な高齢期を送る手助けになることを目的に制作された。
(文部科学省選定、公益社団法人日本栄養士会 推薦 時間:36分)
●対象:市区町村福祉課、地域包括支援センター、老人クラブなどに無償でDVDを提供している。

[]1998年、日本初の市販用介護食として「ジャネフ」介護食を発売し、翌1999年に「キユーピー やさしい献立」シリーズを発売した。