メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第134回 食支援が超高齢社会の
老後と介護を劇的に変える

はじめに

 この連載で何度も取材をさせていただいている川口美喜子先生(大妻女子大学家政学部教授、管理栄養士、医学博士)の近著をご紹介します。

一般の関心も「食支援」に向いている
専門職から情報発信する好機!

 これまで何度も書いている通り、私は友人や家族が終末期に「食べられない」という状態を経験したことをきっかけに本連載を始めました。食べることを支える医療・介護の取り組みはないのか? あるならば広く伝えたい! と思い、伝える必要を感じてでした。
 そこで連載をさせて欲しいと最初にお願いしたのは別の、一般向けの出版社でした。何社か、知遇のある編集者にお願いしましたが、「食べることを支える医療・介護の取り組み」の必要を感じてもらうことができず、実現しませんでした。
 このサイトを運営する中央法規出版の編集さんだけが熱心に話を聞いてくれ、これからの超高齢社会にとても重要な情報だと理解し、連載の機会を設けてくれました。
 そのような話をしていたのは2013年、今から5年以上前のことです。
 一般のメディアや書籍で、食支援についての記事が出ることはほとんどありませんでした。ところが5年を経て、状況は大きく変わっています。今回は、そのことをぜひお伝えしたいのです。

 本連載で最初に川口美喜子先生に取材に行ったのは、がんの友人を見送った後に、川口先生の著書「がん専任栄養士が患者さんの声を聞いてつくった73の食事レシピ」(医学書院刊)を知り、「もっと早く知りたかった!」と切に感じていたためでした。一般向けのがんの本は何冊も読んでいましたが、そこに知りたい情報はありませんでした。さすが、専門出版社の本は載っていることが違うと思いつつ、友人のケアには役立てられず、残念でした。
 そして当時の私は高齢者の摂食嚥下障害に関する知識をもっておらず、がん患者の栄養ケア、食支援だけに強く関心をもっていました。
 ところが川口先生にお会いして、暮らしの保健室での給食など地域での活動をうかがって、栄養ケアや食支援が必要な人は必ずしも療養中の人ばかりではないと気づかされたのです。とくに高齢者への食支援は、健康寿命延伸、認知症予防の視点からも大変重要だと知りました。
 ですからすぐそのことを川口先生の著書としてまとめ、一般向けの出版社から世の中に出したいと考えたのです。再び各社へ提案を始め、今度は、知り合いの担当者に断られたら、別のツテを頼って面識のない編集者にもつないでもらうなどして、方々へ書籍の企画書を預けました。しかし、出版はなかなか決まりません。連載のお願いをしたときと同様、食支援の重要性は分かってもらえず、分かってもらえても、出版となると時期尚早だといわれました。

  そうこうしている間に時は過ぎ、医療・介護業界内では食支援のムーブメントもあり、中央法規出版はもとより専門出版社から情報が多数出る状況となって、一部、一般向けメディアでも食支援が取り上げられるようになり、年々、情報が増えていきました。
 そしてある日、川口先生の書籍企画をぜひ出版したいと晶文社からお返事をいただき、数年越しでようやく決まって世にでたのが 「老後と介護を劇的に変える食事術 ~食べてしゃべって、肺炎、フレイル、認知症を防ぐ~」です。

 私が本書の編集に携わらせていただく上で注力したのは、一般の、医療や介護の専門知識をあまりもたない人に、専門職のみなさんがどのようなケアに関わるのか、なぜ高齢者に食支援が必要なのか、知っていただくことです。
 食支援を知らなければ、食べることで困っても誰かに相談することを思いつきません。自分の介護経験から、支えてくれるさまざまな専門職の方々がいることを多くの読者に知ってもらいたいと強く思っていました。
 そして何より、急性期病院のNSTと、地域食支援の両方で日々「食べること」を支え続ける川口先生の尽きぬ情熱。食べることで人を癒そうと挑み、諦めない専門職のみなさんの姿を、食支援のリアルエピソードから感じていただけるよう願いました。それが「食べることを支える医療・介護の取り組み」の広がりにつながると信じるからです。

 今年の1月、本は発売になりました。一般向けの出版社から食支援の実際を伝える書が出た。そういうタイミングであることを大事に考えたいと思っています。出版はとてもシビアな状況ですから、時期尚早と言われていた本が出たということは、一般の関心が向いてきた、小さな変化を確かに感じます。
 食支援に携わるみなさんに、いよいよ「時がきた」のではないでしょうか。思いきり、思う存分、生活といのちを支える食支援を進め、時代のスポットを浴びていただきたいと思います。
 私もより一層、食べることを支える取り組みが知られるように引き続き、ますますの情報発信をしていきたいと思います!