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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第122回 介護レストラン~あの味をもう一度 
在宅高齢者の願いを専門職と市民で叶える Vol.1

はじめに

 たまには外食したい。あの店の、プロの味が食べたい。気分転換したい。
 生活の中で誰もがふと抱く「ささやかな願い」で、食べることの「楽しみ」のひとつでしょう。しかし高齢になり外出が困難になったり、食事介助が必要になったりすると、「食べに行きたい」気持ちがあっても、「楽しみ」をあきらめざるを得ない場合が多いです。
 けれど、その「楽しみ」を叶えることは、高齢者と、その家族、周囲の人の“快”に大きく影響すること。1度の外食が、食事(栄養摂取)以上の価値をもたらし、生活の質を変えるきっかけとなり得るようです。
 広島県廿日市市(はつかいちし)で始まった「介護レストラン」について、全4回でご紹介します。
 「介護レストラン」を主催したのは第1回介護レストラン実行委員会()という任意の組織でした。
 中心となったのは、広島県廿日市市で2014年から開催されている「<暮らしの中の看取り>準備講座」から生まれた「はつかいち暮らしと看取りサポーター」のメンバーです。
 2016年から募集、発足した「はつかいち暮らしと看取りサポーター」は現在、既に50名を超え、メンバーの年齢や職種は幅広く、医療介護の専門職に限らず、一般市民を広く受け入れているのが特徴です。
 専門職と市民が共に、地域でできる支援について学び、対話し、行動する。
 その活動の中で「介護レストラン」が企画、運営されました。そして次回開催も予定されています。
 この記事では、背景となった「<暮らしの中の看取り>準備講座」や「はつかいち暮らしと看取りサポーター」については、第2、3回で詳しく述べます。
 企画の実現と成功をもたらした背景や趣意により興味をもっていただくために、まずは、たくさんの笑顔と物語を生んだ「介護レストラン」の様子をご紹介します。

「8年ぶり」「食事に集中」「次は何を食べよう」
8組の参加者から笑顔と希望の声

 第1回介護レストランは2017年10月3日(火曜日)に開催されました。1日限定のイベントです。
 参加者が、市内のショッピングセンターの「希望する飲食店」で、あらかじめ「自身で選んだメニュー」を家族や支援者と共に食べ、団らんを楽しむという企画です。
 参加募集の対象としたのは、要介護者で外食がむずかしい方など、いくつかの条件を満たす方で、当日は8名の参加があり、ご家族や支援者も含め各4~6名のグループ8班となって、それぞれの食卓につきました。

 安心して、安全に外食が楽しめるよう、実行委員会は約半年をかけて入念な準備をしてきました。
 食事中のケアや送迎などに当たるボランティア総勢35名の配置と担当フロー、タイムスケジュールを共有、有事の際の救急搬送先の確保など、安全対策も万全を期して当日を迎えたのです。

 主に“安心”を担ったのは、参加者のことをよく知る馴染みの介護職と共に一般市民のサポーターでした。
 市民サポーターには「楽しい食事の雰囲気づくり」を意識して食事に参加することで、参加者らの「久しぶりの外食」の緊張をゆるめてもらったそうです。

 一方、医師や看護師(摂食嚥下障害看護認定看護師を含む)、理学療法士、歯科衛生士などの医療介護専門職は、ケアマネを通して収集した情報を元に、希望の外食を実現するための課題を個別に検討し、食事時の面談やリクエストメニューの試食を行い、安全に食事ができる体制を整えたということです。
 そして、これらの学びを一般市民も共有しました。
 また、より食べやすくするために協力レストラン(4店舗、うちわけ:中華、すし、とんかつ、鉄板ステーキ)とも食形態や環境などについて丁寧に打ち合わせをして、知恵を出し合い、一般客も多数いるランチタイムに、すべての人が楽しく食事することができるように工夫したとのこと。
 柔らかくたたいた肉を提供してもらう、食材の切り方を工夫する、出汁ジュレを用意して浸して食べる、電子レンジを借りてご飯をやわらかく加工する(店では用意できないお粥の代わり)、など。
 そして使い慣れた食具や姿勢調整用品の持ち込み、交互嚥下や姿勢保持の声がけ、服薬に関するアドバイスなど、食支援に関する学びを実践するボランティアワークでした。

 実行委員会共同代表のひとり大井裕子先生(社会福祉法人聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科医長)は次のように話します。

「参加者全員が車椅子での外出であり、食事をするに当たっては食事の介助や姿勢の維持、食形態などに何らかの配慮が必要な方々でした。
 ただ、要介護度の高い方も、自分で食べたいという意思や希望がはっきりしていて、その方に合ったちょっとした工夫をすることで、『いつもより長い時間でも疲れることなく食べられた』『いつもより食事に集中できた』『いつもよりたくさん食べられた』『いつもとは違うものが食べられた』など、常とは違う外食の喜び、効果を実感した声が多数あがりました」。

 さらに、ある方は慎重に咀嚼できるように食べ物の形・大きさ、姿勢、時間などに配慮すれば、普段召し上がっている食形態より高レベルの食形態を安全に召し上がれる可能性が見られました。
 普段は飲み物でむせ込むことの多い円背の方が、店のガラスコップでビールを飲み、むせなかった。最後の一切れを前に「残念じゃのう」と楽しい食事が終わることを惜しむ声が出たなど、印象深いエピソードも多数あったそうです。
 また、「元気なときに来ていた店にまた来ることができた」「声が出るようになり、おしゃべりも楽しんだ」「(さらに)メロンが食べたい」「終始、笑顔で食べていた」「思い出の料理を味わって子供の頃を思い出し、昔話が出た」「写真を見返し、懐かしみつつ、来年も参加したいと話しておられる」といった声が記録に残されました。
 そして、医療職のボランティアと同行したご家族や介護職のコミュニケーションでは、食事介助や食具、食形態などについて対話があり、家庭や施設での食生活のQOL向上のきっかけになったケースも見られたということです。

 ほかにも、各班の準備や当日の記録、アンケート結果、実行委員会の反省会で述べられたボランティアの声などをうかがうと、個別に、体調や摂食嚥下機能に合わせてすこしの工夫をすることで、「食べることの楽しみをもち続けられる」「食べることの楽しみを支えられる」と一同が体験を共有した機会となった様子が伝わってきます。

「最期まで地域で安心して暮らすために、医療や介護の専門職も“他人事”ではなく“自分事”として市民と共に『インフォーマルサービスとして何ができるか』考えてきたのが<暮らしの中の看取り>準備講座です。
 講座に参加していた看護師の『介護食レストランができたらいいな』というグループワーク中のつぶやきに端を発し、摂食嚥下障害看護認定看護師チームも加わって『介護レストラン』が実現しました。
 手伝ってくれたボランティアの誰が欠けても、今回の企画は成し得なかったと思います。学びを活かした活動体験ができ、成功したことで、ボランティアのモチベーションも高まりました。
 参加してくださった方やご家族の笑顔を見れて、みな本当に嬉しかったのです。地域を育む意味でも『介護レストラン』は必要とされていると実感しました。
 すでに次回に向けて準備が進む中、新たな提案も出ています。さらにステップアップしそうな予感があり、私自身も進化していく<暮らしの中の看取り>準備講座を楽しんでいます」(大井先生)

 次回に続きます。

^ 第1回介護レストラン実行委員会
共同代表:大井裕子(はつかいち暮らしと看取りサポーター代表)・迫田綾子(日本赤十字広島看護大学特任教授)

書籍紹介

 本稿で取材をさせていただいた大井先生の著書「<暮らしの中の看取り>準備講座」は、ご紹介している介護レストランを生んだ同名の取り組みの、講座内容を書籍化したものです。
 同講座は、高齢多死社会を目前に、地域で看取りに関わる援助者(専門職並びに介護を担う家族など一般市民)が看取りについて学ぶ機会が不十分であることを憂慮した大井先生が、縁のあった広島県廿日市市で2014年から開いているもの。
 その導入講座とステップアップ講座<がんのこと><認知症のこと><食を支えること><聴く力を養うこと>が本書で学べます。

<暮らしの中の看取り>
準備講座 中外医学社刊

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