メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第111回 新宿食支援研究会が取り組む 「食べる権利」「食支援の倫理」考察

はじめに

 歯科医師の五島朋幸先生が率いる新宿食支援研究会(新食研)の活動については、これまでもこの連載で度々ご紹介させていただきました(第53回54回70回85回)。
 今回は、新食研のワーキンググループ(WG)のひとつ、最期まで口から食べることを支える会(SKTS)の活動をご紹介します。

食べる権利は守られているか
食を支える倫理は共有されているか

 最期まで口から食べることを支える会(SKTS)は、新食研のWGの中では比較的新しいグループで、2016年6月から活動を始めました。

 最期まで口から食べたい。食べる楽しみをもちたい、取り戻したい。
 精がつくように食べさせたい。好物を味わい、楽しんでもらいたい。
 病気の治療中や治療後に、本人や家族がそのような希望をもつことはとても自然なことですが、医療や介護を受ける中では、その希望が叶わないことが少なくありません。

 病気の治療中や治療後に食べる機能が低下し、回復が見込めない場合や、食べることによって生命の危険がある場合があり、やむをえないケースはあります。
 しかし「食べる機能低下」を防ぐケアはできているのか。医療や介護の過誤、ケアの知識・技術不足によって「食べる権利」を侵害してしまうことはないか。そのような事態を防ぐ手段は何か。

 また、食事によって栄養をとることが難しくても、食の楽しみを維持できることもあるとして、そのようなケアを広めるには、今、何が足りないのか。
 同時に、食に対する意思決定や表現の障害がある場合、どのように支えるのが倫理的か。患者と家族の意思に齟齬がある場合はどのような支援が必要か。
 食べる権利は誰のもので、食支援に当たる医療・介護の専門職は倫理観をもってケアに当たっているか。

 そのような、答えは決してひとつではないような、とても大きな問いについて考え、話す場をSKTSがコーディネートします。病態や時期、環境などさまざまなケースを念頭に、考察・議論する場をつくる活動です。
 WGメンバーに参加者を加えた勉強会では、問題を提議するプレゼンを聞いた上で議論をして、レポートをまとめています。筆者も大変興味を持ち、WGと勉強会に参加させていただいています。

 SKTSではこれまで、3度の勉強会が実施されました。
 初回勉強会のプレゼンターはホスピス勤務の医師である大井裕子先生で、テーマは「末期がんの人にとっての食べることの意味」でした。
 大井先生は多くの場合、がんの末期に見られる状態の変化について解説。実際に治療でかかわった患者の事例を紹介しながら、本人の意思に応じて、限られた時間の中で「食を楽しむ機会」を創造する工夫なども交え、そのような取り組みが患者にとってとても貴重な時間になることを訴えました。
 プレゼン後の討議では、医療や介護の場で「本人の意思」は尊重されているか、家族の思いや、介護力、医療・介護にかかわる人の考えや技能、都合によって、患者の意思に反し、患者に我慢を強いている場合が少なくはないのではないか等々、活発な意見交換がありました。
 また終末期においては、自力でできることが少なくなっていく過程で、患者にとって「食べる」ことの意味、大切さを考え直す必要も話し合われました。

 第2回プレゼンターはケアマネジャーの岡林繁史氏で、テーマは「認知症の方へのSKTS」。
 この回は認知症の原因疾患と症状、段階、個々の状態などによって必要な食支援が異なること、しかしケアの現場では丁寧な個別ケアは行われていないことがプレゼンされました。
 討議の場では「アセスメント&ちょっとした工夫をすれば自分で食べることができる人も、顧みられず、食べられなくなっているケースが多いのではないか」との問題提起もありました。
 自力で食べられる人を増やすことは施設等での介護職の負担軽減にもつながるので、アセスメントのポイントと工夫事例を集め、医療&介護にかかわる人で共有する意義は大きいなどと議論が弾みました。

 そして第3回プレゼンターは五島朋幸先生で、テーマは「あなたはそれでいいですか? ~食べる権利は誰のもの~」でした。
 五島先生は診療にかかわった「主治医から食事を禁止されている患者」2例をあげ、食べる意欲があり、食べられるのに、食べる権利が侵害されていると言わざるをえない具体例の経過を示し、食べさせ方を広める必要を解き、禁食と経口摂取再開に至るプロセスの問題点を明らかにしました。
 討議では問題点を解決するため、患者が食事をとる様子を“診る”必要が話され、禁食・経口摂取再開のための評価、ケアのガイドラインが必要ではないか、プロフェッショナルな指示・ケアが一般的となるよう認定医制度のような体制が必要ではないかといった意見交換がありました。
 また、自分だったら、家族だったら、現行のままの医療体制、食べる権利が軽視されているままでよいかという問いを広め、意識的に食べる権利を有する文化に高めていく必要が話し合われました。

 そもそもSKTSが取り上げる大きな問いに対しては、小さな変化のチャレンジを重ねながら、市民も含め皆で考え、変わり続けていくよりないのかもしれないですが、医療や介護の専門職の皆さんは、目の前の患者さんや利用者さんに対してどうするか、小さな問いについては日々、答えを出し続けていかなくてはならないでしょう。
 日々の業務の中、食支援に当たるために参考になると思われるSKTSのレポートは、新食研のウェブサイトで読むことができます。
 レポートは「食支援を知る」内の「最期まで口から食べることを支える」の中にあります。また、2017年2月に開催された「第70回勉強会 最期まで口から食べることを支える<がんの場合のSKTS>」の動画も同じ画面から見ることができます。こちらはSKTS第1回勉強会の大井裕子先生のプレゼンとほぼ同様の内容を扱った公開討論会です。

 さらに、9月3日に東京都内にて開催される「第1回最期まで口から食べられる街づくりフォーラム(タベマチフォーラム)」特別サイトのリンクがトップページにあります。
 フォーラムの基調講演は荒金英樹先生の「食支援による京の町づくり」を予定。
 その後、午後からは「新宿流『最期まで食べることを楽しむ街づくり』実践法」、多職種フォーラム「最期まで口から食べるためにすべきこと」、パネルディスカッションなどが開催予定です。
 展示ブースでは多数の企業展示、また新宿食支援研究会のWGの展示、ポスター発表などが行われ、介護食の試食、車椅子の試乗など体験的に学べるコーナーも併設されるとのことです。
 これまでの新宿食支援研究会の活動の様子やライブなチャレンジを知ることができ、具体的な食支援の学びにつながる画期的なイベントですから、食支援に関心がある人や実践者の方々はぜひ今から9月3日のスケジュールを確保しておきましょう!