メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第106回 “しっかり食べて、出す”を支えるために 
知っておきたい高齢者の排せつの悩み(Vol.2)

はじめに

 前回より、全4回で訪問看護師の長川清子さんに、在宅療養する人や家族から相談を受けることが多い排せつの悩み、問題についてお話をうかがいっています。長川さんは、一般社団法人東京都北区在宅療養相談窓口で専門職からの相談にのる傍、在宅への訪問看護を行っています。
 前回は主に排せつケアにおけるコミュニケーションの基本と、尿失禁対応についてうかがいました。今回から、高齢者の排せつに関するトラブルで最も多い便秘についてうかがったことを紹介します。

便秘について正しく理解し
“便秘薬乱用”防ぐ啓発を

 要介護度が低い人から高い人まで「高齢者の排便トラブルのほとんどは便秘に関係しています」と長川さんは話します。要介護者と家族共に、排便回数や量が少ないこと、便意をもよおすのが不規則(もしくは便意をもよおさない)で、悩んでいる人が多いということです。
 便意をもよおさないまま、便失禁してしまうこともあり、便失禁は便秘に起因する場合が多く、この悩みは深刻です。
 便秘は、食生活や生活のリズムが乱れることでどの年代の人にも起こることですが、高齢者の場合、他の年代の人の便秘と比べ、健康への影響が大きいそうです。高齢者に多い便秘について詳しくは次回で解説することとし、今回は、便秘について基本的なことをうかがいました。

「毎日排便がないと“便秘ぎみ”とか“便秘”などと思う人が多いようですが、一概に便秘とはいえません。高齢になると食事量や活動量、筋肉量が減ることなどで、排便の回数・量が減る人は多いので、回数にこだわると見誤ってしまいます。
 便秘は排便回数ではなく、出ている便の状態を見て判断します。毎日出ていても、うさぎの糞のように黒っぽいコロコロ便なら便が腸内にとどまっている時間が長いと考えられる便秘です。
 しかし、毎日ではなくても、たとえ週に1~2回でも、適度に水分を含んだ普通便が定期的に出ていたら便秘ではありません。
 インターネットで『ブリストールスケール』と検索すると、普通便とはどのようなものか、ものさしになる図を見ることができるので、便秘の判断の参考にしましょう。スケールの4が普通便で、日によって3または5でも心配ありません。食べ物や水分量、活動の影響と考えられます」(長川さん)。

 高齢者が便秘を起こしている場合、原因は以下の通りさまざまということです。原因は1つとは限らないとか。便秘はデリケートな問題で、人にも相談しづらいことから、悩みが深く、さらなる活動低下や、気力低下、食欲不振、食事摂取量の減少などを招くことが多いそうです。いずれの場合も、便秘が続くことによって二次的な健康被害が起こることがあるので、“たかが便秘”と軽視するのは禁物とのことです。

便秘の原因

  • 1.生活習慣の変化
  • 2.食事の変化
  • 3.水分不足
  • 4.腸内環境の悪化
  • 5.食事をとる口の機能の低下(噛めない、義歯が合っていない、歯周病がある)
  • 6.心配事によって起こる不眠やストレス
  • 7.運動不足
  • 8.普段の姿勢(円背などで内臓が本来あるべき位置からずれ、腸がよく動かない)
  • 9.排便姿勢(排便に適した姿勢がとりにくい、とれない。足が床につき、安定している「考える人」の座位)
  • 10.排便機能の廃用(肛門括約筋や肛門挙筋など排便するときに使う筋肉などが低下している)
  • 11.薬の影響(便秘薬の使いすぎも含む)
  • 12.病気・治療の影響
  • 13.経管栄養の影響
  • 14.手術の影響

「原因が1~9である場合は、ご家族や介護職の方が生活を観察するなどで気づくことができるかもしれませんが、10~14を判断するのは難しいでしょう。また、1~9の背景に、10~14が隠れていることもないとは言えません。
 そこで、生活を観察していて、一過性ではない便秘に悩んでいると思われる場合、また、次のような変化がご本人に見られる場合、健康のためにとても大切なこととして排便周期を尋ね、在宅医や訪問看護師、ケアマネジャーなどに相談して、医療的ケアにつなぐ必要があります。
 本人が便秘の悩みを訴えていなくても、次の場合は専門的なケアが必要です。認知機能の低下などによって訴えられない場合も同じです」(長川さん)。

本人の変化

  • ・ 元気がなくなる
  • ・ 笑顔がなくなる
  • ・ 外出しない(自室にこもる、何度もトイレに行く、トイレにこもる)
  • ・ 食欲不振、食事や水分摂取を拒む
  • ・ 極端に飲食量が減る
  • ・ 便秘薬を使い続けている
  • ・ 下痢と便秘を交互に繰り返している
  • ・ 吐き気を訴える
  • ・ おならが増える
  • ・ お腹が硬く張っている
  • ・ 腹痛を訴える
  • ・ 便失禁がある
  • ・ リハビリパンツ(紙パンツ)やおむつに絶え間なく下痢が見られる

 さらに、例外的に血便が確認されたときは、大腸がんなど重い病気が隠れている可能性があり、吐き気を伴う場合も、腸閉塞の前兆のことがあるので直ちに医療機関を受診する必要があるとのことです。

「訪問看護に行った先では、便秘のときには早くスッキリ出したいと便秘薬を使うことが習慣になっている方に会うことが少なくありません。
 医師の診察を受け、処方された便秘薬を規則正しく服用している場合は問題ありませんが、自己判断で量を加減したり、市販薬を追加、常用することは腸の機能を弱らせ、一時的に便秘が解消しても下痢と、より頑固な便秘を繰り返すなど、状態を悪くする場合もあります。
 介護職の方がそのような事態に気がついたらぜひ、便秘薬を乱用することの危険をご本人とご家族に伝えてください。伝えても改善が見られない場合には、ケアマネジャーなどを通じて、主治医に説明を依頼するのも一手かもしれません。
 高齢者はとくに加齢によって大腸のはたらきが弱っているため、その上で薬を使いすぎると腸管の絨毛(じゅうもう)が炎症を起こし、腸の健康を守る機能や栄養素をとり込む機能が低下します。
 腸の周りには免疫細胞が集まっているので、腸のはたらきが弱ると、免疫力が低下して、あらゆる病気にかかりやすくなるだけでなく、腸内の炎症は大腸がんのリスクを高めるため、訪問看護では自然な排便周期が取り戻せるよう、排便コントロールを重要に考えます。
 高齢者の排便コントロールは、なるべく一人ひとり、自然な排便周期を取り戻すことを目標に、とくに下剤など即効的な手段だけに頼りすぎないことが大切なのです。予防的ケアを暮らしの中で続けるよう、啓発してください」(長川さん)。

 Vol.4で予防法をお伝えします。
 なお、病院や施設によっては一律3、4日排便がなければ下剤・摘便・浣腸といった即効的な排便コントロールをすることもあります。退院、退所後に便秘が起きたら、入院、入所中に「大腸刺激性下剤」の使用など、どのような排便コントロールが行われたかが影響していることもあるので、本人または家族に可能性を伝え、今後の排便コントロールについて在宅医や訪問看護師などと相談するよう促すことも必要です。

 次回に続きます。

プロフィール
●長川清子(おさがわせいこ) 訪問看護ステーション所長、東京都立北療育医療センター勤務などを経て現職。仕事の傍、東京都訪問看護ステーション協議会「訪問看護の質向上の為の体系的教育プロジェクト」のワーキンググループメンバーとして未来の在宅医療を担う人材を育てるための訪問看護士のキャリアラダー開発に取り組んでいる。