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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第86回 医薬メーカー・キッセイ薬品工業の 
ヘルスケア事業への取り組み(前編)

はじめに

 創薬研究開発を礎とするキッセイ薬品工業株式会社(長野県松本市)には介護食品などを取り扱っているヘルスケア事業部があります。
 新春に開催された介護食の展示会やさまざまな摂食嚥下関係の研修会先で、同事業部が行っている食事サポートの電話相談について聞く機会があり、興味を持ったので、長野県塩尻市にあるヘルスケア事業センター(ヘルスケア事業部)を訪ね、お話をうかがいました。全2回でお伝えします。

食事療法を継続するためのサポート
暮らしの中で生まれる悩みに応える

 キッセイ薬品工業株式会社のヘルスケア事業部は、多くの疾患で食事療法が必要かつ有効であるとの考えのもと「たんぱく質調整食品」「カロリー調整食品」「エネルギー補給食品」「介護・高齢者向け食品」を中心に高齢者や腎疾患患者の療養を支える食品を取り扱っています。
 1990年より現会長の神澤陸雄氏が「医薬品で培ってきた技術・開発力は食品でも活かせ、社会に貢献できる」として事業化を推進したもので、2001年には現在のヘルスケア事業センターを竣工しました。
 ヘルスケア事業部は腎臓病に関する治療薬の研究開発に長ける医薬メーカーを母体とすることもあり、腎疾患患者の食事療法に適した製品、たんぱく質調整食品の取り扱いに力を入れています。1つの特徴はごはんや麺、パンなど主食となるたんぱく調整食品の充実です。

「低たんぱく食の食事療養は『おかずを控えないとならない』『肉や魚を食べちゃいけない』などという誤解もあって失敗する、続かないという方が少なくないようです。
 そこで、ごはんなどの主食に含まれる植物性のたんぱく質を減らし、おかず(動物性たんぱく質)はなるべくしっかり食べていただくというのが弊社のイメージする低たんぱく食の食事療養です。この方式ですと食べる量には制限がありますが、ご家族とほぼ同じ献立を召し上がっていただけます。
 食事療養が失敗してしまう原因として、『家族と同じものが食べたい』ということがあります。食事が、栄養のためだけのものではなく、生活の中で大切な営みであることを考えれば、家族揃って同じものを食べる喜びも大切です。主食をたんぱく質が調整されているものに変えても、見た目には違いがないとご好評をいただいています」(同開発課、課長・布袋之彦さん)。

 製品開発にあたっては、病院や施設の栄養管理部門の専門職の方々から利用者の食事療養の悩みを聞き、それに応える製品の充実を考え続けてきたそうですが、その中でもっと利用者の声を聞き、困っている患者さんやご家族の助けになるような情報提供もしていきたい、とのことで2010年から始まったのが「キッセイ食事サポートサービス」です。

「食事は毎日、3度のことだけに、食事療養を継続するのはご本人、ご家族共に大変なことです。皆さん、主治医の先生や病院の管理栄養士さんなどに支えられて頑張っておられますが、周りで支える人が多いに越したことはありません。
 疾患のある方にはそれぞれかかっておられる病院の食事指導方針がございますので、栄養相談はそれに添って、あくまで日常の困り事に対する補完的な情報提供をさせていただくことになりますが、食事療養の安全と継続のために、お力になれればと電話対応しております」(同カスタマーサービスセンター長、北村毅さん)。

 食事サポートサービスの電話は、一般の通販受注対応のコールセンターとは別回線で、管理栄養士2名と製品情報専門担当者1名が常駐し、食事療養に関する相談を受け付けています(質問内容によっては獣医師であり、医学博士の北村センター長が対応することもある)。
 年間5000件程の相談があり、その30%が医療・福祉専門職から、70%が一般(個人)からの相談で、内容は「食事療法について」(25%)、「食事内容について」(25%)、「たんぱく質調整食品などの使い方について」(50%)とか。
 よく寄せられる声は、食事療法について「病院で説明を受けたが、分からなかった・忘れてしまった」「減塩指示が出たが、どうしたらいいのか」などというもの。
 言葉の意味などについては専門職が理解度に合わせて説明し、日常生活の中で具体的な行動変容につながるようにサポートします。個人的な病態や栄養評価などについては、再度の受診や指導を促すなどして、食事療法継続の大切さが理解されるよう努めるとのこと。サポートは電話のほか、ファクス、メール、郵便でも受けられます。
 「朝食に納豆を食べてもいいか?」「冬至にかぼちゃを食べてもいいか?」など具体的な質問も多く、食事療法は「1食」「今日」何を食べる、食べないという問題ではないこと、食生活全般の管理について正しい理解があるか確認も必要で、その個々への対応は決して容易なことではないと推察しますが、年々「求められている」実感を強くし、より適切な対応を心がけている取り組みだということです。
 求められているのは一般の消費者(生活者)からばかりではなく、とくに病院や施設に勤める専門職より情報が少ない、保健所の管理栄養士など在宅に関わる専門職に向けての情報提供の必要性を感じているとのこと。今後の在宅医療の拡大を鑑みると、それは製品開発の上でも情報提供&収集が増える必要があると考えられています。そのため全国で勉強会やシンポジウムを開催する折には、そうした立場にある専門職の方々の参加も大いに期待しているものの、その機会についても情報が届きにくいのが実情で、頭を悩ませているということでした。

 なお、お話をうかがっていて改めて筆者が感じたのは、一般の消費者(生活者)は元気なときから「食べる」ということを大事に考え、食べていることが大切だということです。「血液サラサラになるから玉ねぎを食べよう!」などと私も家族や友人に言いますが、食べるというのはそういうことではありません。元気なときにバランスよく、適切に、おいしく食べる食習慣を養っていないと、病気で食事療法が必要になったときには苦労するのではないか、と思いました。

 次回に続きます。