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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第81回 急性期から維持期まで、リハ科の食支援 
退院後も継続する食生活のケア、見守り

はじめに

 武蔵嵐山病院(埼玉県比企郡嵐山町)は一般診療と透析療養、回復期リハビリテーションのほか、通所リハビリテーション、在宅事業所(訪問診療、訪問看護、訪問リハビリテーション、居宅介護支援事業)を併設しています。高齢化が進み、老々介護世帯が増える地域に根ざして、療養・回復期の病床数を増やし、在宅医療・介護サポート強化を進めてきた病院です。
 同院で、入院患者の食支援を担うのは主治医並びに看護師、リハビリテーション科の専門職達によるチーム、NSTのメンバーということですが、退院前の生活環境調査と退院後の通所・訪問リハビリテーションでも継続的に食べることを支えているということで、入院中から退院後まで、主として食支援を担うリハビリテーション科のケアについて言語聴覚士の臼井誉さん、長島美雪さんにお話をうかがってきました。

「最期まで口から食べたい」希望増え
退院後の生活を予測し、介護者支援も

 武蔵嵐山病院(埼玉県比企郡嵐山町)の一般病棟と、近隣の埼玉県立循環器・呼吸器病センター、埼玉医科大学病院、小川赤十字病院などから転院する人を受け入れる回復期病棟に入院する患者は、入院の原因となった病気や状態がさまざまでも、多くの場合、摂食嚥下機能低下や低栄養など、何らかの食のケアを必要としている状態とのことです。
 そのため入院時や食事開始時には、まず言語聴覚士が機能評価に入ります。同院には現在、12名の言語聴覚士が勤務しているとのことで、皆さんの通常の仕事内容からお話をうかがいました。

「嚥下機能評価の後は、主治医と共に病棟の看護師、理学療法士、作業療法士、またNSTのメンバーなども含めたチームで栄養管理、食形態、食事姿勢、福祉用具利用などについて話し合い、患者さんそれぞれの予後予測と治療計画をたてます。
 当院での食形態は、2013年に『嚥下食ピラミッド』に準拠して見直しました。ゼリー・ブレンダー食、ソフト食、軟菜食、常食の段階があって、患者様の状態によりますがご家庭での食事の提供しやすさも考慮し、在宅に帰る方は軟菜食以上の回復をめざします(退院後も多くの方はリハビリテーションを続けます。摂食嚥下訓練に限りません)。
 摂食嚥下訓練は、嚥下機能の評価後、段階的に食形態をアップして行なっていきますが、患者さんによって体力、咀嚼力、義歯の状態、身体リハビリテーションの影響を考慮し、安全第一に、チームの総合判断で進めていきます。
 食支援は、食べる機能のケアだけではなく、退院後の生活を考慮した食環境全般のケアが必要で、介護者の介護力を見極め、無理のない範囲で介護力向上をサポートするなど介護者支援も大切だと考えています」(臼井誉さん)。

 とくに主たる介護者に、患者の摂食嚥下訓練やリハビリテーションが始まるときからなるべく関わってもらえるようはたらきかけ、同時に通所や訪問でリハビリテーションが続けられることや、社会的サービスの利用法なども伝えて、在宅医療・介護の不安を緩和する努力をしているそうです。

「この頃は、ご本人やご家族から『口から食べたい』という希望がはっきり伝えられることが増えたように感じています。かつては病気だから仕方がないとあきらめていた方も多かったと思われますが、変わってきたようです。
 とはいえ、とくに嚥下機能が低下したまま回復期病棟に転院してこられる患者さんは、重度の嚥下障害のある方、低栄養の方、嚥下障害と低栄養などにより廃用症候群が進んでいる方、繰り返し肺炎を起こしている方など、食べることが難しくなり、悪循環を招いている患者さんが多いです。  機能回復をめざす訓練は慎重に、目標までの機能回復が難しい場合もあり、ときにはご家族の『食べさせたい』気持ちが患者さんの負担になることもあるので、患者さんとご家族に正確な情報を伝え、ご家族にも口腔ケアや食事の介助に参加してもらい、状態を理解していただいて、皆の気持ちが一致するようにコーディネートすることが重要ですね」(長島美雪さん)。

 患者自身や家族にとって、口の周りや飲み込みに関する筋力が低下して起こる嚥下機能低下にしても、認知機能低下などによる食事量の低下にしても、「食べられない」という状態を正しく理解することは難しく、訓練や介助の中で徐々に得る「理解」と「気づき」が退院後、自宅での自発的な食環境調整につながり、機能低下予防や栄養確保に欠かせない、とも。

「退院調整に入る頃には『理解』と『気づき』から患者さん自身、ご家族自身に『工夫』がみられることも多いので、私たちは介護力に合わせて調理の仕方や補助食品の利用など、補完する情報を提供し、退院に備えます」(臼井誉さん)。

 退院前に理学療法士や作業療法士が中心となって行う生活環境調査(主に家屋調査)に同行した際や、退院後の訪問リハビリテーションの際には食事をとる環境や食べ方、口腔ケアについて助言を重ねます。患者ごとの食生活の実情に合わせたアドバイスをしますが、多くの患者に共通して伝えることが多いのは、

  • ・ 食べる姿勢を正すこと
  • ・ 食事に集中すること(テレビを消すなど)、嚥下を意識すること、咳ばらいをすること
  • ・ 季節の注意点(正月のお餅の食べ方、窒息の危険など)
  • ・ 適切な一口量と、掻き込まないこと
  • ・ 食前、食後に下向きのぶくぶくうがいをすること
  • ・ 口腔ケア、義歯の利用・管理(言語コミュニケーションにも影響することも)

など。同院と歯科の直接の連携はないものの、歯科受診が必要と思われるケースでは受診をうながし、かかりつけ歯科がない場合は訪問診療も行っている歯科につないでいるとのことです。

「退院当初は食形態を守り、摂食嚥下訓練を続けていても、在宅に帰ってしばらくするといろいろな理由からなし崩しになって、危険な食事をしているケースは多く、家庭の中の食に介入する難しさを感じることは少なくありません。
 配食サービスや栄養補助食品、嚥下調整食もニーズに合致するものはまだ高価で、続けて利用するのが難しいということもあるようですね」(長島美雪さん)。

 なお、同院は在宅事業所を併設しているものの、訪問リハビリテーションで接点があるのは他の事業所である場合も多く、他事業所や介護専門職との食支援の連携はまだ不十分な状態だそうです。しかし患者の健康・食生活・生活が改善するには、患者と関わるすべての医療・歯科医療・介護者が患者に必要な食支援について共通認識をもつのが望ましいのは明らかで、今後の課題とみている、とのこと。食支援をきっかけとした連携が志向されています。
 高齢者世帯や独居が増えている中、摂食嚥下障害に限らず、何らかの後遺症をもって在宅に帰る人、退院後もリハビリテーションを要す人がほとんどとうかがって、筆者も一市民として医療・歯科医療・介護者と共に、地域(市民)も高齢者の生活を見守る連携に加わる必要を再確認しました。
 次回は、「いただきますの会」の活動と、同会が開催した公開セミナー「胃瘻(いろう)にしますか? しませんか? 考えてみよう!」の模様をご紹介します。