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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第71回 仲間がいるからできたこと、したいこと 
この先の食支援めざし隊!(前編)

はじめに

 さいたま赤十字病院に勤める言語聴覚士・安西利恵さん、管理栄養士・井原佐知子さん、摂食・嚥下障害看護認定看護師・矢野聡子さんの3人に、同院を退院後、自宅に帰った摂食嚥下障害患者の食を中心とした環境を追跡調査した件についてうかがってきました。
 本件については今年9月、京都にて開催された第21回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会でも「当院における摂食嚥下障害患者の退院後調査」という演題で口演があったので、ご記憶の読者もいるかもしれません。
 取り組みに至る経緯や、日頃のケアと調査結果から感じ、考えていること、課題などを話していただきました。3回分載でご紹介します。

“食べる”を支えたいメンバー集い
徐々に整った摂食嚥下ケア体制

 さいたま赤十字病院は605床を有する基幹病院で、さいたま市を中心とした地域の急性期医療を担っています(現在、最寄り駅は大宮駅。2017年、さいたま新都心駅西口へ移転予定)。
 2007年、同院の各職種の摂食嚥下に興味をもつ有志が集まり、「むせない会」を立ち上げ、その席上、「摂食嚥下障害についてもっと学び、ケアしたい」「入院患者さんに提供する食事を改善したい」などの課題が上げられました。
 当時、神経内科病棟の看護師だった矢野さんは、業務の中で感じていたことを次のように振り返ります。

「担当していた患者さんに摂食嚥下障害のある方が多く、それぞれにより手厚いケアの必要性と意義を感じていました。
『食べられない』『呼吸できない』は、患者さんや家族に最も生命の危機を感じさせる症状です。
 患者さんが食べることができた場合、ご家族も共に喜びを共有することができ、食べることの看護を通して患者さんとご家族の双方を支援できると感じています。
 そこで『むせない会』以前に、看護研究の一環で食事を開始する際の評価や簡単な嚥下訓練など食べるケアについてマニュアルを制作していました。
 会でも課題として上がり、他職種も患者さんの『食支援』に関心をもっていることが分かりました」(矢野さん)。

 課題解決へ向けて、任意のメンバーが学びと議論を深め、嚥下機能評価と嚥下調整食を起用したのは2009年とのこと。とくに熱心に摂食嚥下障害の理解を多職種に働きかけたのは言語聴覚士の安西さんでした。

「摂食嚥下障害のある患者さんに対する評価・訓練方法を院内のスタッフが共通認識をもって、全科で行えるように『摂食嚥下訓練マニュアル』を作成しました」(安西さん)。
 このマニュアルは評価方法、訓練の内容、食事の介助時のポイント、とろみ剤についてなど50ページに及ぶファイルになった、とのことです。一方、

「摂食嚥下障害をもつ患者さんの機能維持・改善には、ご家族の理解と協力が不可欠ですから、ご家族には、入院中、食事時間に来院して立ち会ってもらい、食事内容の把握や食べ方、姿勢の理解を促します。
 2011年には摂食・嚥下障害看護認定看護師となっていた矢野さんや管理栄養士の井原さんと共に、嚥下調整食を召し上がっている状態でご自宅へ帰る患者さんの退院指導に使うパンフレットを作りました。パンフレットは1冊に要点を全て網羅し、在宅での基本的な食のケアが分かるものです。
 食べることが困難な患者さんを支えるのは、多職種連携が重要ですね。幸いなことに、『多職種を巻き込んで患者さんの“食べる”を支えたい』と考えている2人と自主的、自然発生的に活動して、1つひとつ問題点を具体的に解決していきました」(安西さん)。

「パンフレットは多職種で同じ1冊を使って患者さんとご家族に説明するものです。1冊を共有することで、最初に言語聴覚士さんが伝えた説明を患者さんやご家族が理解できているか、確認しながら栄養指導ができます。
 患者さん達に説明する誰もが『同じ言葉』で伝えることが、混乱を招かないために大事だと思っています。
 また、多職種それぞれが退院指導を行った際、患者さんが不安に思っていたこと、ご家族のお気持ち、反応など、摂食嚥下機能改善に必要な細かい情報を共有するためにも、同じパンフレットを使うのが役立っています。
 栄養食事指導としては、嚥下障害が重い患者さんやご家族も『少しだけでも食べたい、食べさせたい』という希望が多いので、患者さんの好物や食べたい物の食事の工夫、冷蔵庫によくある食べ物でできる嚥下調整食の調理法などについてご提案することが多いです。そして、介護負担軽減も考慮して、その方の嚥下レベルに適した市販品情報も選別してお伝えしています」(井原さん)。

 退院指導用のパンフレット『摂食・嚥下の難しい方へ~食べることは生きること~』は、
  • ・ 摂食嚥下障害と誤嚥についての解説
  • ・ 安全な食事姿勢と食具(スプーン)の選び方
  • ・ 薬の飲み方
  • ・ 食事摂取の留意点(一口量、むせたときの対処法、食事のスピード、食事の介助方法)
  • ・ 嚥下調整食について
  • ・ 嚥下調整食の作り方のポイント
  • ・ とろみ剤の使い方
  • ・ 食材別の調理の工夫
  • ・ 口腔ケア

をまとめた全12ページの冊子で、1年ほどかけてじっくり編纂したということです。

 2007年から徐々に摂食嚥下ケアの体制が整っていき、現在は、必要な患者さんの退院前拡大カンファレンスには安西さん達、摂食嚥下リハビリテーションを担うメンバーも参加し、同席のケアマネジャーへ摂食嚥下障害について申し送りや、地域包括ケアの中で患者が通所する施設の食支援について確認が行われているとのこと。また3人は毎年、新人看護師に摂食嚥下ケアについてレクチャーする機会ももつようになったそうです。
 こうした経緯の中で、安西さん達は継続的ケアの1つとして、また平素行っている退院指導が役立っているか、今後よりよい退院指導を行う課題は何か探るため、退院後、自宅に帰った摂食嚥下障害患者の食を中心とした環境について追跡調査を実施したということです。

 次回に続きます。