メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第65回 栄養ケアを社会に行き渡らせよう! 
WAVES「元気に食べてますか?」運動

はじめに

 去る9月20日(日)、「おばあちゃん達の原宿」と呼ばれる巣鴨地蔵通り商店街(東京都豊島区)に全国から栄養ケアに携わる医療人が集い、行き交う高齢者に「元気に食べてますか?」と呼びかけ、低栄養・サルコペニア予防を啓発する活動を実施しました。
 これは、JSPEN(日本静脈経腸栄養学会)理事長・東口髙志先生(藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授)が2014年に提唱した「WAVES」と連動する活動です。
 WAVESは「We Are Very Educators for Society」の略で、医療人の栄養ケアの知識と技術を社会に提供し、社会貢献しようというもの。「元気に食べてますか?」運動は全国への広がりが期待され、巣鴨での開催はそのためのマニュアル制作も視野に入れた社会実験的なものでした。

低栄養・筋肉痩せ防ぐ大切さ訴え
高齢者の意識変革と、隣人へつなぐ教育へ

 キャンペーン当日、港区の準備会場に全国から集まったのは医師、歯科医師、看護師、管理栄養士、薬剤師など約70名の医療人で、日頃はそれぞれ医療・介護の場で栄養アセスメントとケアに従事しているプロフェッショナルです(以下、参加者)。
 WAVESを志す面々を前に基調講演に立った東口髙志先生は、一見、健康に見える高齢者に栄養障害が増えている現状と、一般への栄養教育、サルコペニア予防教育の必要性を確認し、社会貢献のスピリットをもち、学術集団をベースにする皆で社会栄養学を広める新たな活動を創造していこうと呼びかけました。

「我々の手で、この手で、できることをやろう。やり遂げないと、幸福ではない状態で亡くなる人は減らないという危機感があります。
 社会生活力が減衰している。必要な食事を欠いている。摂食嚥下機能が低下して食べられない。配食で届いた弁当を捨てている。医療の外に、そういった人がいても誰もチェックしていません。まず『元気に食べてますか?』という声がけから始め、医療の外でも『食べて治す、触れ合って治す、五感を使って癒す』を実践しましょう!」(東口先生)

 WAVESの理念を再確認して士気が高まったところで、参加者は会場設営班、プロモーション班、問診班、身体計測班、景品配布班、マニュアル班に分かれ、ミーティングや準備の後、巣鴨に移動して運動を展開しました。
 会場は、JRや都営地下鉄の巣鴨駅から巣鴨地蔵通り商店街に入ってすぐ、商店街のマスコットである“すがもん”の名を冠した「すがもん広場」でした。
 6年ぶりの秋の大型連休・シルバーウィーク2日目とあって、巣鴨地蔵通り商店街は多くの人で賑わっていて、行き交う人は高齢者だけでなく、高齢者も含む家族連れが多くみられ、尋ねた限りではお彼岸を前に墓参を兼ねて外出した人が多かったようです。中には、東京新聞に掲載された「元気に食べてますか?」運動の告知を見て、興味をもって来場した人もありました。
 参加者は一同、揃ってオレンジ色のTシャツを着用し、医療人によるボランディア活動である旨を伝えつつ、「元気に食べてますか?」パンフレットを配布(プロモーション班)。興味を示した高齢者に、食についてのアンケートと問診を行い(問診班)、ふくらはぎの筋肉量からサルコペニアのリスクを簡易診断する「指輪っかテスト」を実施(身体計測班)。その面談の中で、栄養障害と筋肉量低下のリスクについて啓発。栄養補助食品のサンプル入りトートバックを贈呈しました(景品配布班)。
 始まってしばらくは、慣れない街頭活動で思うように大きな声が出なかったり、高齢者の興味を引き出せないと戸惑う参加者もいましたが、「さし上げるトートバックを示して、アンケートは聞き書きした方が答えてもらいやすい」など徐々にコツをつかみ、参加者同士がコツを伝え合い、身体計測のセッティングも臨機応変に変えるなど、スムーズな運営を工夫していました。
 高齢者1人ひとりと相対し、問診や身体計測の段となれば、場所は変わっても、普段の医療業務とそう変わらないと、自然に、穏やかに啓発活動は行われ、中には健康問題を具体的に相談する高齢者も多数いて、そうした場合はゆっくりと話しを聞き、アドバイスを返していました。
 全体の様子を見守り、ときに問診や、身体計測に加わっていた東口先生は「たとえ時間を要しても、自然に触れ合って、安心してもらって、不安や問題を聞き出すことが大事」と話していました。用意したパンプレットは1000枚、トートバックは500セットで、予定数修了まで約2時間の活動でした。




 トートバックをもらって帰りかけた来場者数名に感想を聞いたところ、
  • 「自分の健康法にお墨付きとアドバイスをもらえてよかった」(81歳・男性)
  • 「夫に聞かせたい。継続してほしい」(79歳・女性)
  • 「通院している病院でも似た“お話し会”があり利用している。診察とは違う機会に健康上の不安を話せる機会は貴重」(83歳・女性)
  • 「食生活のことで相談し、安心した。もらった食品の説明がなく、パンフレットの字が小さすぎるのは残念」(78歳・女性)
  • 「(計測前)待たされたときは暑かった。しかし親切に計測と説明をしてもらえ、よかった」(77歳・男性)
  • 「初めは医療関係者と分かりにくく、ボランティアとも分からず、いぶかしく思った。もっと分かりやすくしたらいい」(70歳・女性)
  • 「おもしろい活動。栄養についてはまだちょっとよく分からないが、筋肉を減らしてはいけないというのは覚えたので、気をつける」(77歳・男性)

など、概ね好評だった様子がうかがえました。

 一方、参加者数人にも話しを聞いたところ、
  • ・ 巣鴨の高齢者はとても元気で、おしゃれ。自分の地元とは雰囲気が違うので、地元で行う場合は地域性を考慮する必要がある。とくに過栄養の問題がある地域で、その啓発が必要と感じていて、対応を考えたい
  • ・ 開催地の環境や状況により、できることは変わると思う。問診内容、身体計測の方法など、再考しつつも、オレンジの「元気に食べてますか?」の統一感は大切だと感じた
  • ・ 元気高齢者の健康や医療に関する興味、関心が千差万別だと改めて思った。職種別に、個別相談の場所を設けてもよかったかもしれない
  • ・ 低栄養、栄養障害、サルコペニア、サルコペニア肥満など、まだ一般の方に十分に浸透していない言葉の扱いが難しい。言葉を覚えてもらうより、それがどういうことか理解してもらうことが大切だが、そのためには対話に時間をかける必要があると感じた
  • ・ 参加して、実践者の諸先輩方と共に活動した経験が、今後の仕事の励みになりそうだ
  • ・ パンフレットに加え、いちばん伝えたいこと(伝えるべきこと)を平易に、シンプルに示したチラシなどがあると、気づきや興味を引き出しやすいと感じた

など、概ね「活動したからこそ感じられたことがあり、反省点を踏まえ、地元開催などにつなげていきたい」という意志がうかがえました。