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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第57回 地域で超・栄養ケア 
訪問栄養士ができるすべてのこと(3)

はじめに

 前回から江頭文江先生(神奈川県厚木市・地域栄養ケアPEACH厚木代表)にうかがったお話を掲載しています。前回は「地域づくり」「在宅栄養ケア」「ターミナルケア」についてうかがったことをまとめました。
 今回は江頭先生が摂食・嚥下障害のケアに携わった経緯と、独立した後、管理栄養士としてのスキル以上に必要で、鍛えられたという「コミュニケーション力」についてまとめます。

感動から在宅ケアへ
初志貫徹に必要だったこと

 現在は、摂食・嚥下障害のある人の栄養ケアを中心に食支援を行なっている江頭先生ですが、管理栄養士になった時点では、生活習慣病予防など“食べられる人が食べること”を前提とした栄養ケアをするとイメージして病院栄養士になったそうです。

「聖隷三方原病院栄養科に勤務し、整形外科やリハビリテーション科病棟を担当したので、重症の『口から食べられない』方の栄養ケアに携わることが主となりました。とはいえ本格的に嚥下食の研究等を行うこととなったのは、同僚の学会発表のサポートがきっかけで、私なら手伝ってくれるだろうって思ったみたいです(笑)。
 嚥下食の研究を始めた頃、ふと『同程度の嚥下障害と評価されている患者さん。けれども、同じ嚥下調整食でも食べられる人と、食べられない人がいるのはなぜだろう?』と素朴な疑問からベッドサイドに行き、個々のアセスメントを見直して、ハマってしまったのです」(江頭先生)。

 江頭先生の「患者をよく観察しなければどのようなケアが必要かは分からない。エビデンスより、何より目の前の患者が見せてくれるサインからケアのニーズを見つける」という今も変わらない鉄則は、どうやらこのとき既に生まれていたようです。
 一方、重度の摂食・嚥下障害で何年も食事をとっていなかった人が、治療やリハビリテーションの結果、再び食べる喜びを取り戻し、退院するのを何例も見送り、重大な気づきがありました。

「ゼリーを1口食べたときの表情、目力、血色から『食べるってすごい力があることなんだ』と気づかされました。
 そして、摂食・嚥下障害のある患者さんへの栄養管理が仕事の軸になったのです。
 管理栄養士になった時点では思いもしなかったことでしたが、目の前で患者さんが変わっていくプロセスを見ることができる、喜びがある仕事です」(江頭先生)。

 そして病院勤務時代終盤には在宅ケアの必要性を痛感したと話します。退院後、在宅でも継続してケアとつながれた患者はすこやかな生活を維持しやすく、そうでない人は食べられるようになって退院したのに、しばらくして誤嚥性肺炎等で再入院となることが多い。明らかな差があると気づき、在宅医療や介護に関心を寄せるようになったのです。
 結婚を機に厚木に移転した折、「食べる」を守るために摂食・嚥下障害の研究やケアを続けたいと思いながらも、2000年当時は、それが可能な環境はまだ少なかったそう。ましてや在宅ケアともつながれる病院勤務というのも、考えにくかったようです。
 そこで“フリーランスで在宅ケア”という選択をします。病院ではチームでケアに携わるのが当たり前でしたが、見知らぬ土地でフリーランスになれば、地域と関係をつくり、人間関係を育み、仕事を生み出さなくてはなりません。それを「容易いとは思わなかったけれど、選んでしまった」と苦笑します。

「なぜかしら?! 無謀だったから?!(笑)。あえて言えば、在宅にケアが届かず困る人がいると知ってしまったから。自分でやるしかないと思いました。
 困っている人はこの厚木にもいるはず。知らないことは学べばいい。何にでも挑戦すればいい。自分の強みは何か、それは誰と組んだら活かせるか、その場はどこにある?!
 困っていた人がハッピーになったらよく、目的はそれだけ。だから、ほかのことはガタガタ言わないでやる! と、決めたら動いていました」(江頭先生)。

 ずいぶんと“男前”な決断です。しかし「“食べるってすごい力があること”と分からせてくれた患者さんの目力、もっと、もっと見たい」。経済的な目処はなく、多くの働くお母さんと同様に子どもを預けて働く苦悩もありながら、突き動かされ、多くの患者(家族)の教えと、家族の支えがあって続けられたと振り返ります。

「現在までも報酬面では起業して成功したなどと思える状態ではありません。私に限ったことではなく、独立した多くの人がなんとか踏ん張っている。
 子育てに関しても、限られた時間の中で、子どもと向き合うときはきっちり向き合うことを心がけてきましたが、実際は背中ばかり見せていて、それでもよく育ってくれていると心の中で手を合わせている感じです(笑)。
 とはいえフリーランスになって管理栄養士という仕事が社会に貢献できる可能性を知ることができ、実社会の大きさも知りました。おもしろい人生を歩かせてもらっていると思います。
 オーダーがこなければ動けない身としては、受け身ではおられませんから、弱点を鍛えてもらえたとも思います」(江頭先生)。

 フリーランスで在宅ケアに取り組み、最も必要で、鍛えられたことは「コミュニケーション力」、現場で試されるのは「人間力」と話します。

「仕事で連携、協働するというときは、専門性が高いことは当たり前で、加えて他の専門職と適切なコミュニケーションがとれることが必要です。 『適切な』というのが、難しいところ。
 皆が忙しい中で関わるのだから、基礎的な周辺情報をあらかじめ集めておく必要があることは言うまでもありません。自分の要求を理解してもらうには、まず相手がどういう人か、自分に何を求めているのか理解し、相手の要求に配慮しなければ、信頼関係は築けないでしょう。
 相手に伝えることの質、量、伝え方。過不足なくって、難しいことです。相手から受け取ることも要点があり、人によって出し方が違いますからね。
 例えば、ドクターへの報告書を書くとき、伝えるべき重要なポイントから箇条書きにするなど、読んでもらう工夫をする。ケア会議で話す場合も、要点を1分で話せる準備をしておき、相手の気をそらさない、など。
 相手の時間をムダに使わせない気遣いは最低限必要なこと。一事が万事に通じるので、意識的に配慮して接することが大切だと思っています」(江頭先生)。

 前回の記事で、江頭先生が患者や家族からニーズを引き出す上で「患者や家族をよく観察する」「変化するニーズに注意し、対応する」「介護や栄養以外の会話で憩う」などを紹介しましたが、それも同様にコミュニケーション力の話であり、人間力の話だとも言えます。
 こうしたことは意識的にすることではないように思うことですが、よほどの大人物でない限り無意識でいると気分次第になり、おろそかになるでしょう。江頭先生はプロとして、あえて意識的であり続けていて、「患者さんやご家族のためにならないプライドは不用」と話します。

「環境がとか、場所がとか、人手がとか……運営的な課題に逃げられないのが実践者であり、フリーランスです。私は自分がやりたくて、やると決めたことをやり続けるために、他職種や地域の方々、患者さん、ご家族と向き合い、互いが“愉快”なコミュニケーションをとるよりありません。この人を働かせたい、一緒に働きたいと思ってもらうしか、患者さんのハッピーと出会う方法はないんです。
 コミュニケーションがとれると、運営的な課題は解決したり、待つ覚悟ができたり、あきらめざるを得ないと分かって次へ行けたりします。つまり、自分の問題だけではなく、客観的に社会を見る目をもらうんですね。モヤモヤする前に、何をするべきか考えるようになります。それだけたくさんのトライ&エラーを重ねてきたということです(笑)。
 今となってはトライ&エラーは財産になっていると思うし、逃げ道はなくても、苦しいだけのトライ&エラーではなかったから『食を支えて患者さんとご家族をハッピーにする』という独立以来の目的を見失うことはなかった。
 これから私のような仕事をめざす人には、『本気で取り組めば、在宅ケアは人としても鍛えられるよ。自分次第でおもしろいよ』と伝えたいです」(江頭先生)。

 そうは言いつつ、地域で食支援に取り組む“初心者の苦労”が身にしみている江頭先生とその仲間は、実践者が集う「訪問栄養士ネットワーク」を立ち上げ、後進にも門戸を開き、情報交換の場を提供しています。
 次回はその「訪問栄養士ネットワーク」と、仕事をしながら学ぶことについて、うかがった内容をまとめます。

プロフィール
●江頭文江(えがしらふみえ) 「地域栄養ケアPEACH厚木」代表。管理栄養士。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会評議員、日本在宅栄養管理学会評議員、神奈川摂食・嚥下リハビリテーション研究会世話人、神奈川PDN世話人、厚木医療福祉連絡会幹事、厚愛地区医療福祉連携会議委員、厚木市医療福祉検討会議委員。日本栄養改善学会、日本静脈・経腸栄養学会、日本病態栄養学会。福井県生まれ。静岡県立大学短期大学部食物栄養学科卒。聖隷三方原病院(静岡県浜松市)栄養科にて嚥下食の研究や摂食・嚥下障害者への栄養管理を行なう。2001年より神奈川県厚木市にて管理栄養士による地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」を設立。2004年に現名称に改称。2010年「訪問栄養指導対象者の現状分析と転帰に関する研究」で第76回日本栄養改善学会奨励賞受賞。著書に「在宅生活を支える!これからの新しい嚥下食レシピ」(三輪書店)、「かみにくい・飲み込みにくい人の食事(改訂版)」(藤谷順子監修 主婦と生活社刊)、「チームで実践 高齢者の栄養ケア・マネジメント」(阿部充宏協力 中央法規出版刊)ほか多数