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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第54回 最期まで食べられる街づくり 
新宿食支援研究会NOW(後編)

はじめに

 前回より、新宿・ふれあい歯科ごとうの代表・五島朋幸先生に食支援についてのお考えと新宿食支援研究会(以下、新食研)の活動についてうかがったお話をご紹介しています。
 前回は五島先生の訪問診療と新食研立ち上げから6年の経緯等についてうかがいました。今回は設立から7年目を迎え、新たに展開する「広げる」をテーマとした活動について、うかがった内容をまとめます。

いよいよ区民と共に街づくり
食支援を地域のムーブメントに

 新食研は2015年より、以前の「(食支援を必要とする人を)見つける、つなぐ、結果を出す」のテーマに「広げる」を加えました。
 設立当時から、新宿を生涯口から食べられる街にするとして、「街づくり」の必要性を考え、視野に入れた活動は行なってきましたが、それは、

  • ・地域内の食支援を必要とする人と直接、日常的に関わりが強いヘルパーの教育
  • ・地域の中で食支援に関わる医療・介護に携わる専門職間のネットワークづくり
  • ・食支援の地域での実践

など、地域内専門職の食支援力を底上げし、地域力をあげるものでした。しかし今後は、地域力の対象を「広げる」、つまり一般市民も巻き込む段階にあるとのことです。

「新食研のさまざまなワーキンググループが取り組んでいるのは、摂食嚥下障害の改善や栄養アセスメント(キュア)だけではなく、『食支援(ケア)』です。そして地域の高齢者人口は約65000人。食支援を必要とする人は約1~2万人。すると、区民の方々を巻き込んで見つける、つなぐ、結果を出す人を無限に輩出していくことこそ新食研のミッションでしょう。
 見つけるとは、キュアを要する人には必ずその前があるので、その段階を能動的に見つけるということ。痩せた、買い物に行っていない、出歩かなくなった。市井に暮らす方々に、生活の中で要支援の手前にある人、兆しを能動的に見つけてもらいたい。
 そして、『痩せた』といった兆しが『食支援が必要かも!?』という発想につながり、食支援ができる専門職の存在を伝え、専門職とつなぐことも担っていただきたい。広げるとは、そういう人を育てるということです」(五島先生)。

 五島先生は、「必要とする人にケアが届くには地域のムーブメントにしなくては」と話し、一般市民をどう巻き込むか、ワーキングチームの1つ「食支援マイスターWG」で検討を重ねています。

「来年稼働する予定で準備しているのは『マイスター制度』です。
『食支援マイスター』は食形態のこと、口腔ケアのこと、食姿勢のことなど何か1つでも地域で講義・講習を提供できる人。『食支援リーダー』は概ね専門職になると思われますが、新食研が設ける講座を修了して、地域で食支援を実践できる人。
 そして『食支援サポーター』は食や食支援に興味をもつ人なら誰でもなれ、新食研がレクチャーする栄養、口腔ケアの基礎知識を身につけ、食支援のチェックポイントを踏まえて、地域で食支援が必要な人を見つける役割を担う人。いずれも今後、新食研が育成していきます。
 一般の多くの方は、食べることが難しくなることや食支援についてあまりご存知ありません。治療で絶食期間があるなどして食べる機能が低下したら、食べられないものが増えてもあきらめるしかないと思っている。胃ろうがあったら口から食べてはいけないと思っている方もいる。しかし改善する手段はいくらでもあることを知ってもらい、自分や家族、そして地域の食と生活を守る行動につなげていただきたい。
 また、中には介護を経験した方など、要介護者の看取りの後、食支援の大切さを知る貴重な経験則や介護技術が市井に埋もれている場合もあります。食べたいと言う家族の側にいれば、いろいろな工夫をするものですからね。その工夫は地域の財産としてぜひ活かしたい」(五島先生)。

 新たな仕組みづくりを開始する新食研では、前回の記事でご紹介したコラクリ(コラボレーションクリエイト)の会合でも、実際にお年寄りの食と関わる食料品店や配食サービスなど異業種が食支援サポーターとなり、「見つける」の一旦を担ってもらえたら効率的と、そうしたことを実現するための作戦も練られていました。
 確かに「知る(学ぶ)」ということは「変わる」ことにつながります。筆者も、新食研のウェブサイトの巻頭にある通り、家族が食べられなくなるまで「この時代に口から食べられず苦しむ人が多くいる」などと考えたこともなかった生活者でした。しかし介護体験と本連載の取材で今はそのことを知っていて、いざというとき、どのような人とつなぐことが必要か、思い至るようになりました。この頃はご近所のお年寄りの様子も気になるようになり、自分の生活が変わったと思います。
 食支援サポーターになる学びによって、困りごとが起こる前に「知る」人が増えるのは素晴らしいことです。何かの場でお茶を飲んでむせている人を見たとき、「摂食嚥下障害かもしれない」と気づき、行動する人が市井に増えれば、食支援を必要とする軽度の段階でケアとつながり、生涯口から食べられ、自立した生活を送ることができる人が増えます。
 口から食べることは、自分のことが自分でできる生活の気力・体力を維持する上で、基本として大切なのです。
「食は生活の中のことだから、街に見る目を育てていかなければならない。また言うまでもないことですが、食支援を必要とする人というのは高齢者に限りません。障害やケガなど、さまざまな理由で、食支援を必要とする人や家族がいます。
 その食支援を、日常の自然な営みにするには、圧倒的に数の多い一般の生活者、個々の気づきを生み出す仕組みが不可欠です」と五島先生は話します。そして、

「プライベートチームとして活動を続けてきた新食研がやっていることは、他の地域でもできます。医療・介護の専門職が集まって症例検討を重ねるだけでは、食支援を必要とする人は減りません。街を変える活動が広がり、支援を受ける人や家族と、支える専門職も、皆がハッピーになるのがいい」(五島先生)。

 その一助となればとの考えで活動の記録や、打ち合わせの議事録をウェブサイトで公開しています。ワーキンググループの活動の全容は近日、書籍化される予定もあります。
「地域性を考慮してアレンジする必要はあるが、特別資金も必要ではない。アタマを使っただけ」と話し、一部の勉強会などは誰でも参加できるスタイルにし、その場で相談にも応じています。
 7月に開催された第56回の勉強会は「デイサービスから在宅を変える 『食べる☆デイ!!』参上!」と題し、新食研のワーキンググループの1つ「食べる☆デイ!!」の取り組みを紹介し、全国のデイサービスで、通所サービスならでは、継続的な食支援を可能にするツールを披露するものでした。
「食べる☆デイ!!」メンバーは「デイサービスだからこそ可能な食支援とは何か」検討を重ね、異なる通所サービス事業所においても共有・継続でき、利用者の食のリスクをスクリーニングし、ご家族にも経過をフィードバックして、「最期まで口から食べる」を支えるためのツール開発を行ないました。
 摂食機能と栄養状態、体力評価をセットにした「食べる☆デイ!!テスト」がそれで、評価については別のワーキンググループ「ハッピーリーブス」等の協力も得て、「食べる☆デイ!!」メンバーが勤める4事業所で予備調査を実施しました。その結果、予想以上に食支援が必要な利用者が多いことが見つかり、客観的調査を継続し、維持向上プログラム(食形態見直し、食べる☆デイ!!体操など)につなげる必要性が確認されました。
 今後、「食べる☆デイ!!」は地域内の通所サービスの連絡会(デイネット)を通じ、多事業所にデイサービスでの食支援の意義を周知し、ツールを広げる一方、ツール活用のノウハウ(テストのひな形やカルテなど)を新食研ウェブサイトからダウンロードできるようにする考えです(直近開催された勉強会の資料も閲覧可能です)。
「街づくり」に取り組む新食研方式が全国に広がり、多くの街が「生涯口から食べられる街」になる。そのビジョンを描いているから、情報開示を惜しみません。五島先生の著作「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」の続編の出版も予定されているとのことです。
 実際、遠方から勉強会に参加するなどして新食研方式を学び、自身の地域で実践を試みる医療・介護者も少なくないようです。
 現在、多職種連携や食支援の仕組みづくりを実践している方、これから取り組む方、食支援について医療・介護に関わる人ができることを知りたい方、すべてにアクセスしていただきたい情報が公開されているウェブサイトはこちらです。

 なお、筆者は五島先生へのインタビューとは別の席で、新食研メンバーの若い医療・介護者と話す機会を得て、五島先生との縁をきっかけに自分の仕事との向き合い方が変わったと考えている若者が少なくないことを知りました。
 あるヘルパーの青年は、「五島先生は、俺は俺の仕事をきっちりやる。君は君で自分の仕事をきっちりやって、新食研で対等に集い、もっと大きな結果を出そう。街を変えようなどと言う。最初はピンとこなくて、歯科のドクターと自分がそんな話しをすることも意外だった。
 しかし仕事と活動を続ける中で、できるだけのことはしたいと思うようになったし、自分にできることがたくさんあると気づけた。現場経験の多い人の着眼点は違うので、職種が違っても新食研メンバーに学ぶことは多い。学ぶほど、仕事もおもしろくなり、充実する」と話してくれました。
 青年が嬉々として話すのを聞いて、きっと勤める施設で、彼は利用者のお姉様達から大人気だろうと思いました。人を元気にする清々しい自信と、情熱を感じたからです。
 ケアを仕事にすることは、若い人にとって苦労も多いだろうと察しますが、だからこそ自身の専門性を高め、自信と情熱をもって楽しく働けることは大切かと思います。
 新食研メンバーの若い医療・介護者と話せて、キラキラしている1人ひとりが集まっていることに感動すると共に、このように自由な組織が人を伸ばし、その人自身が幸せであることが、社会に及ぼす力は大きいと考えました。
 1人ひとりカッコよく、その連携も可能な新宿の地域力はすごい。このマンパワーが広がることは希望だ! と、つい部外者であることを忘れて興奮しましたが、取材記者としては希望を感じる話しを聞くとわくわく心躍るものなのです。そして社会の希望として今後共、新食研の活動を伝える機会をもちたいと考えています。

 次回は、在宅介護の場で「口から食べる」を支える管理栄養士の江頭文江先生(地域栄養ケアPEACH厚木)にうかがったお話を掲載します。