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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第38回 記憶にある食事、続けられるように 
株式会社ふくなおの商品開発(後編)

はじめに

 前回より「やわらか素材・やわらか一品」など、嚥下ピラミッドのレベル4に基づく物性の介護食品を製造・販売する株式会社ふくなおのものづくりについて取材した記事を掲載しています。
 前回は同社が「食材づくり」を主としてきた理由、ものづくりの根本に、「軽度の摂食障害・レベル4でくい止めたい!」という目的があることをうかがいました。
 今回は、その目的を生んだ背景と、今後同社がどのような事業展開を志向していくか、うかがった内容をまとめます。

「介護食を変えたい」体験
食べられるもの、たくさんあります!

 同社が「軽度の摂食障害・レベル4でくい止めたい!」という目的をもってものづくりに取り組んでいるのは、代表取締役・西野美穂さんはじめ社員それぞれに「介護食を変えたい、変えなければ」と思う体験があるためです。
 西野さんは、学生時代に馬術と親しみ、卒業後もできれば馬に関わる仕事を続けたかったそうです。しかし夢半ば家族に説得され、家業の食品メーカー(親会社である株式会社大市珍味)に勤めました。ほぼ時期を同じくして、主力製品である魚介のすり身や豆腐を用いた「しんじょう」や「茶巾」などが市場調査の結果、介護食品として多く採用されていることが分かり、事業強化のために介護食が提供されている現場を見て回ることになったといいます。
 そこで目にしたのは、とても人が食べる食事とは思えない、食材も薬もミキサーでどろどろに加工された、牛馬のエサと同じ発想でつくられている介護食。「しんじょう」や「茶巾」など、摂食障害のある高齢者に食べやすい食品が選ばれ、提供されている例は「好事例」だということを知ったと話します。

「ショックでした。人が食べることは、こういうことじゃない。食品メーカーに入社して日が浅く、まだ何も分かっていなかったけれど、ただ、もっと食べやすくて、おいしそうで、おいしい介護食品を世の中に出さくては、と思いました」(代表取締役・西野美穂さん)。

 介護食品の製造・販売に携わって15年を経た今も、そのときの気持ちがものづくりの根っこにあると振り返ります。
 商品開発担当の堀地さんも、奇しくも同じ頃、同様のショックを感じていたと話します。

「高校生の頃です。入院中の祖父に出された食事を見て、食べることが好きだった祖父なのに、不憫だと思いました。案の定、しばらくしてすっかり食べることに興味がもてなくなってしまい、食べたい物が食べられないまま亡くなりました。弊社に就職する際に『介護食の開発』を志望した動機は、その体験です」(掘地亜紀さん)。

 一方、管理栄養士でもある大阪チームマネージャーの恵谷仁美さんは、かつて高齢者施設で勤務していた際に出した刻み食に、利用者が表情を曇らせ、「スズメのエサだね」とがっかりされたことが忘れられないと話します。

「食べやすいように刻んで提供することが、食欲を減退させてしまうなんて、本末転倒で、残念なことです。目で見て楽しみ、唾液の分泌もよくなって、食べておいしいと感じる食事を提供したいと思ったことが、転職の動機になりました」(恵谷仁美さん)。

 ほかにも、「介護食を変えたい」と思うさまざまな体験があり、いずれにしても全社員が「自分の大切な人に食べさせたい食事、将来自分が食べたい食事に最も近いもの」を志向しているのだそうです。

「まだまだ介護食は変わる余地があります。そしてもっと知られる必要がある。在宅介護が増えていく中で憂慮するのは、家族はもとより、医療や介護に携わる人にも、摂食障害があってもおいしく食べられるものがたくさんあることが知られていないということ」(西野美穂さん)。

 確かに今はまだ、在宅介護をしている家族に摂食障害が出て、ケアマネジャーなどに相談したとき、「豆腐とプリン」が勧められ、「何でもくたくたに煮て出して」などとアドバイスを受ける人が多いでしょうか。住宅改修の話には具体的な対応をしてもらえることが多いですが、365日×3回の食事の見直しについてはサポートが得にくい現状が未だあります。
 もしくは「高栄養ドリンクで栄養補給」という話になります。高栄養ドリンクを加えること自体に問題はないですが、加えたからといって「食べられなくていい」ということではないはずです。しかし、口から食べられなくなることの影響を考え、ケアにつなげてもらえるケースは少ない。ケアする体制がぜい弱だというのは、今も変わっていないということが、西野さんの憂いでしょうか。共感します。

「介護食品をつくる私たちは、小さい会社だからとはいえこの問題を放置するわけにはいかないので、まずは会社があるこの東住吉区の高齢者の食の問題に携わる方々に、理解を深めたいです。
 私が生まれ育った町でもあるので、この町のお年寄りには食べることをあきらめて、亡くなる人がいないようにしていきたい」(西野美穂さん)。

 一方、一般の人にも「知られる」ことをめざして、5年前から「おせち」、1年前から「ふくなお亭」という完全調理品の製造・販売も始めています(写真)。取材にうかがったのは2014年の暮れで、限定3000セットの「おせち」が無事発送、完売した当日でした。





「介護食を本当に必要としている人が、一般のご家庭にも増えてきました。その方々に届けるために、どういう商品開発を行っていったらよいか、試行錯誤をしている最中です。はじめに『おせち』に取り組んだのは、在宅介護の場でも『ハレの日』の食事を楽しんでいただきたいから」(西野美穂さん)。

 ある病院の管理栄養士が「病院では行事食が出せるけれど、家庭に帰ると難しい」と、患者の退院後の食生活を心配していたのを聞き、商品開発を試みたそうです。私たち日本人にとって、行事食はとても大切な習慣です。とくに高齢者には、大切な思い出と行事食がリンクしていることも多く、食べられることが生きる力を支える一助になります。
 また、食材ではなく、味をつけた完全調理品である「ふくなお亭」を始めたのは、老老介護、独居高齢者世帯が増え、料理の手間を省くこと、常備しておける手軽さも必要という判断から。

「こういった商品は他社からもたくさん出ていますから、弊社が取り組むべきか思案しましたが、選択肢が増えることはいいことだろうと考えました。
 父が配食サービスのお弁当を食べていたとき、『同じような献立で、同じ器で、食べる気がしない』と漏らしていました。食事は『今日は●●』など嗜好や体調で選べるべきもの。ふくなお亭も選択肢の中に入れてもらえたらと思っています」(西野美穂さん)。

 一方、今後同社が取り組んでいく商品開発上のテーマは「女子力の高い商品」とのこと。

「せっかく女性が多い会社なので(笑)」(西野美穂さん)。
「えーっ! そんなこと聞いていませんよー!!」(掘地亜紀さん)。
「ふふふ。おもしろそう(笑)」(恵谷仁美さん)。

 女子力が高い商品がどのようなものかは分かりませんが、やりとりを聞いていて、明るく、すこやかな会社だと感じ、これからもその女子力で、食べる人の食欲を喚起する食材や料理をつくり、世の中に出していただきたいと思いました。
 ちなみに、同社の商品に「やわらかたこべー」「やわらかぼちゃん」「まるでほうれん草」「べじのすけ」「おはようあんぺい君コンソメ味」「骨ごとコダイ君」などとユニークな名前がつけられているのは、

「大阪の会社だし、まずは笑ってもらってなんぼ。ヘンな名前の商品なのに、めっちゃおいしいやんと言わせたい」(西野美穂さん)。

 いや、確かに少々ヘンな名前かもしれませんが、名前でどのような食材か分かるから、ちゃんと考えられていると感じています。

 次回は、医療法人社団保健会 東京湾岸リハビリテーション病院(千葉県習志野市)院長・近藤国嗣先生監修、同栄養科編集のレシピ本「嚥下食をおいしくする101のソース」(中山書店、2010年刊)の制作に携わった同院栄養科主任・管理栄養士の中込弘美さんにうかがったお話を紹介します。