ページの先頭です。

ホーム >> 家庭介護サポーターズ >> 野田明宏の「俺流オトコの介護」
野田明宏の「俺流オトコの介護」 2010年06月

『ただいま それぞれの居場所』

 前評判があまりに高く・良かったので、ホンマかいな? と期待しつつも半分は差し引いて出向いた。母をショートステイに託したあとのその足で、介護職の友人と。
 のっけから驚かされた。なにやらロン毛茶髪の若者が、机に向かっている。申し送り事項でも記入してるのか? その瞬間だけを捉えれば、オレにはとても介護最前線で働く人には見えなかった。背景は、朝陽が昇り始める頃。
 その後、お泊まりしている利用者さん、そこでは先生と呼ばれているのだけれど、先生が猛烈に怒っている。若者は、
「先生、おはようございます。朝ご飯に行きましょう」
 と促すのだけれど、先生の抵抗は激しい。若者が差し出す手を払いのけるどころか、先生のパンチモドキが若者に向かう。
 「先生、なにするんですか?」
 少し苛立ちをみせるものの、言葉は年長者を敬っている。
 オレは、以前から確信していたことがある。
 「介護の現場を表現するとき、映像は絶対に文章に勝ることはない」
 と。
 ところが、このドキュメンタリーを観て、この確信は崩壊してしまった。介護現場そのまんま、現実そのものを映像で撮るということは不可能であろうと考えていたから。
 施設関係者はもちろん、利用者本人とそのご家族の承諾をもらうということ。映像ではあまりにリアルすぎてOKしてもらえるわけがない。そう思い込んでいたオレがいた。間違いだった。
 ドキュメンタリーに引きずり込まれようにして見続けた。
 笑えたり、涙したり。オレの感性はこんなに豊かだったのか? と、オレがオレ自身の感情のメリハリに驚いてしまう。
 個人的には、『宅老所・デイサービス いしいさん家」の石井英寿さんにスコブル、心を動かされた。昭和50年生まれだから、まだ40歳に届いていない。
 しかし、彼の発する言葉、介護哲学は優しさに包まれている。そして、天性のモノなのだろうけれど、キャラクターが可笑しく面白いのだ。
 石井さんに会ってみたい。
 密かにそのように思ってるのはオレだけではないはずだ。
 結論。
 介護職方々は必見。
 在宅介護最前線ど真ん中の方々も、なんとか時間を作って見て欲しい。笑えます。心が和みます。もうちょっと踏ん張ってみようか? と前向きになれます。
 介護とは無縁である人。見ると、チョッピリ優しくなれて、もう介護と無縁ではなくなってます。

nt.png



オトコの世間体

noda4.jpg

 母のベッドにはいつもトナカイクンがいる。敬称で呼べばトナカイクン君となる。トナカイクンが母のそばに来てから一年半少しが経過した。一昨年のクリスマスイブ少し前にプレゼントされてやってきた。
 もっとも、母が癒されるというより、オレがスコブル癒されるのだ。時々、抱っこしてハグハグしてやる。五十四歳にもなって……。
 とにかく、トナカイクンは母のベッドに居なくてはいけないペットになった。母のためではなくオレのために。
 さて、ここまで書いてきて想像するのだが、
 「この野田明宏という人物は、少し変? なのではないか。前回も、“お母さんの性器に感謝のチュッをした”などと記してあったし」
 このまま書かせていて大丈夫? などと。
 どうだろう? オレ自身は全く変だとは思ってない。ただ、世間からはいろいろ声が聞こえてくる。それは、我が家の家計の大部分が母の年金で賄われているからだ。
 「お母さんの年金をあてにして」
 などは可愛いものだ。
 「シッカリ働いて納税しろ」
 ここまでくると以前はかなり動揺もした。
 しかし、ザックバランな話、認知症の母を在宅介護しながらフルタイムの仕事ができるだろうか?
 母の場合はアルツハイマー病だけれど、アルツハイマー病の混乱期は昼夜逆転に加えトイレ誘導も必要となる。トイレ誘導というのは、トイレに連れて行ったからといってオシッコを出してくれるわけではない。
 そろそろ出る頃かな? と介護者が想像して誘導するわけだから、トイレで外れて布団に戻ってからジャーなんていうことは日常茶飯事だ。布団を替え、翌日干さなければならない。母の着替えもさせないといけない。
 着替えをさせる。と記せばそれまでだが、これが強い抵抗を受け簡単ではないのだ。こんなことが、もし一晩で二度もあれば、心に潜む鬼畜がほくそ笑む。
 心に潜む鬼畜については後々、詳細に記す。思い出したくもないヤツのことだけれど。簡単に言えば、オレは虐待者なのだ。この鬼畜、今もオレの心の奥に潜んでいることは間違いない。
 とはいえ、オトコは世間体を気にする。働いていない、ということに。在宅介護を継続しつつも大きなプレッシャーを抱えてしまう。ましてや働き盛りとなれば尚更だ。
 オレの場合、書く、という仕事だからある時点では三つの連載を同時進行していたことがある。取材には出られないけれど、母とオレのことを書いてくれれば良い、という依頼ばかりだったから。
 なので、無職であったことはないのだけれど、母の年金に依存している事実は今も変わりない。
 そして今。何を言われようが動じない。母が愛おしくて仕方ないから。
 もっとも、ここまでくるには、哀しみと切なさにイッパイ出会ったけれど。



母の現況

 平成十四年七月二十九日。母がアルツハイマー病の中期後半と確定診断された。中期後半というのはいかがなものか? 医師の診断に疑問視するも、長谷川式では三十点満点で七点だったから致し方ないようにも思えた。
 まあ、始まりから今日までの長い戦は随時ここに記していく。なぜ、もっと早くに母を診察に連れていかなかったか? 等々も。なので、今回は母の現況のみに触れたい。
 一般的でステレオタイプな表現をすれば、“要介護五で認知症の寝たきり”。読者方々も簡単にイメージできると思う。もっとも、これはあくまでステレオタイプなので詳細が必要となる。病状は百人百様だとオレは確信してるから。
 目は、ほぼ失明に近いか失明していると眼科医から説明を受けた。黒目が見あたらない。鼻は大丈夫。耳も、そばでワッ! と大声を上げると身体がビクッとするから聞こえている。
 歯。上は全くなく、下はかなり残存している。下の歯で上唇を噛むものだから上唇は常に腫れている。
 さて、写真でもお分かりになると思うが、母の両腕は拘縮している。最初は右だけだったのだが、段々に左も始まり、今は両腕ガチガチ状態。手の平は常に握った状態。これも拘縮なのだろうけれど、一生懸命に握るものだからカットしてある爪なのに手の平を刺してしまうことがある。
 だから、小さなタオルとかガーゼを巻いて棒状にし握らせている。夏は毎日この棒状を替えないと水虫になる。
 ただ、夏場は着せ替えが楽。冬場は何枚も着せるから、着せるオレが汗まみれになる。脱がすときも同様だ。拘縮している腕に衣服の袖を通す・拘縮している腕から衣服の袖を外す。とても大変なのですあります。
 失語しているので言葉でのコミュニケーションは無理。コミュニケーションは、オレが母にキスしてやることかな? 顔中アチコチ。
 一度だけ、「嗚呼! オレはここから生まれてきたんだ」と、母の陰部洗浄後に感謝を込めて性器にもチュッ。
 食事は胃から。胃ろうですね。経管栄養。エンシュア三缶。一日七百五十キロカロリーでも栄養満点。お腹の周囲に脂肪が。もっとも、母が通うデイサービスでは、通う日には口からヨーグルトを飲ませてくれる。お通じが良くなるのだ。オレは恐くて、ここ一年は実践してないのだけれど。そして、週一回のペースで浣腸して出してもらう。
 季節の変わり目に顕著なのだけれど、猛烈な噎せと咳き込みがある。チアノーゼがハッキリと認知できるほどのときは、今にも逝ってしまうのでは? と不安に脅えながら母の背を摩る。
 吸引器はもちろん購入しているが、管を噛むのだ。鼻からの方がと指導されチャレンジするも、不器用なオレでは無理。吸引どころか鼻血を出させてしまった。
 認知症在宅介護。混乱期を乗り越えても新たな壁が待ち受けている。

noda3.jpg



母と一緒にいたい

 前回の流れから、今回は認知症・寝たきり。要介護五の“母の現況”について記していこうと予定していたのだけれど、次号で詳細に書く。
 実は、どうも納得できないことと向き合うこととなり、自問自答しているうちに腹立たしくなったからだ。
 でだ。どの世界にも論客という方々が存在する。いかにもその世界をリードしパイオニアのように振る舞う。介護の世界にもそういう方が存在するように思えて仕方ない。介護の実践をしていないにもかかわらずだ。
 もっとも、オレなどからすれば魑魅魍魎・摩訶不思議な介護保険制度を網羅している人が、介護保険の良さや不備を語るなら積極的であって欲しい。
 さて、オレは認知症の母をかれこれ丸八年という歳月、文字通りに寝食をともにしながら介護してきた。在宅介護の典型だと確信する。
 オレが在住する政令指定都市である岡山市では、介護保険を利用しながら継続して半年以上、在宅介護した家族には介護者慰労金が四万円支給される。要介護三以上であることが前提だが、年度ごとに申請できる。ありがたいことだと感謝している。
 ただ、オレの身近にいる人から、以下のような言葉を投げかけられることがある。
 「野田さん、もうお母さんの介護も八年じゃろう。そろそろ自分自身のことも考えんとなあ! お母さんにしたって、息子であるあんたに苦労はかけとうはないはずよ。もしお母さんが元気じゃったら、施設入所を考えるんじゃないかなあ? 息子の人生を犠牲にしてまで母親というのは生きていこうとは思わんからな(岡山弁でスミマセン)」
 そして、新聞・雑誌等での論客の勢いは凄まじい。
 「口からモノが入らなくなったら人生は終焉と考えるべきでしょう。自然に逝かせてあげるべきです。延命ばかりにとらわれていたら、誰が医療負担を賄うのですか?」
 身近な人の声、論客の意見。確かにごもっとも。
 とはいえ、オレには感情がある。母が弱れば弱るほどに、今まで母から授かった恩が蘇る。
 端から見れば、オレの人生など幸せには見えないかもしれない。しかし、母には感謝ばかりだ。
 生まれてきて良かった。
 と、オレは素直に思えるから。産んでくれて、本当にありがとう。だ。
 認知症在宅介護。それは簡単なことではない。胃から栄養を入れる母。失語もしているからコミュニケーションもできない。
 でも、欠伸もするし微笑むことだってあるのだ。在宅介護者にとって至福の瞬間でもある。
 強く思う。オレは、母とまだまだ一緒にいたい。

th_DSC_0020.jpg

 



オレたちの戦場から

 今日は六月三日。現在時は午後八時二十一分。オレがパソコンに向かっている三畳間のそば、横二メートル先で母はベッド上にいる。目は閉じているが眠ってはいないと思う。
 



ページトップへ
プロフィール
野田明宏
(のだ あきひろ)
フリーライター。1956年生まれ。約50カ国をバックパックを背負って旅する。その後、グアテマラを中心に中央アメリカに約2年間滞在。内戦下のエルサルバドルでは、政府軍のパトロールにも同行取材等etc。2002年、母親の介護をきっかけに、老人介護を中心に執筆活動を開始。2010年現在、83歳になる母と二人暮らしで在宅介護を続ける。主な著書は『アルツハイマーの母をよろしく』『アルツハイマー在宅介護最前線』(以上、ミネルヴァ書房)など多数。『月刊ケアマネジメント』(環境新聞社)にて、「僕らはみんな生きている」連載中。
http://www.noda-akihiro.net/
メニュー
バックナンバー
その他のブログ

文字の拡大
災害情報
おすすめコンテンツ
福祉資格受験サポーターズ 3福祉士・ケアマネジャー 受験対策講座・今日の一問一答 実施中
福祉専門職サポーターズ 和田行男の「婆さんとともに」
家庭介護サポーターズ 野田明宏の「俺流オトコの介護」
アクティブシニアサポーターズ 立川談慶の「談論慶発」
アクティブシニアサポーターズ 金哲彦の「50代からのジョギング入門」
誰でもできるらくらく相続シミュレーション
e-books