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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

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第33回 吉野敏博さん

平成19年度試験合格

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プロフィール



 東京福祉大学社会福祉学部社会福祉学科卒。埼玉県出身。高校卒業後、大手建設業の研究所に2年半勤務。施設の一般公開の折、そこに訪れた精神障害者との出会いから、自分がかかわることでその人の人生が楽しくなる分野で働きたいと思った。もともと、看護や医療など人にかかわる仕事を志したこともあった。病院で長く療養していた祖父が亡くなったときには、人が生まれて死ぬまでの人生のお手伝いができる仕事をしたいと“福祉”を漠然と描いた。進学することを決意し、在職しながら大学受験、そして合格。ねらいを「精神保健福祉士」一本に見定め、4年後の平成19年度試験に見事合格した。東京医科歯科大学医学部附属病院に就職し、精神科デイケアに配属。やがて就労支援に心惹かれるようになり、2年余勤めた同病院を退職。特定非営利活動法人かながわ精神障害者就労支援事業所の会が運営主体となる就労継続支援事業B型“ホープ大和”の立ち上げメンバーとして入職し、まもなく4年。事業所の会の事務局長も務める。趣味はクルマとカメラ。かつては峠を攻める走り屋だった。現在の愛車はスカイラインV35クーペ。好きなことは貯金。きらいなのは、自分のガンコなところ、チーム支援がうまく回らないこと。「いろんなことを経験させていただいて、自分の“人間”が成長していける形にもっていきたいですね。僕自身のテーマです」と、意識して積み上げてきたことの重厚さを感じさせる31歳。


受験の動機

 プロフィールで紹介いただいた障害者の方は、自分が昔いじめを受けていたときの話をニコニコしながら話すんです。ほかの社員が、なんでそんなエピソードをニコニコしながらしゃべれるんですかと訊いたら、「悔しそうにしゃべると、相手にもその悔しさが伝わってしまう。でも、笑顔なら楽しく通じ合える」、そんなことを言われていました。このとき、この世界(精神保健福祉の分野)に行きたいなと率直に思いました。自分をかわいがってくれた祖父が長く医療にかかり亡くなったことも、福祉の道を選んだきっかけでした。

 高校を卒業して一回社会で働いたことは、大きな糧になりました。漠然と進学するのではなく、何か社会経験を積むことによって見えてくるものがほしいと、当時の自分は思っていたと思います。社会に出ると、大学で学ぶことの必要性や意味を肌で感じるというのもあります。改めて大学に入り直すのですから、目的に適ったところに進学しますし、学業へのモチベーションも高くなります。

 はじめから精神保健福祉士として働くことを考えていたので、社会福祉士は受験しませんでした。今思うと、持っておいて損はない社会福祉士でしたが、当時は精神一本でほかは視界に入ってきませんでした。その分、現場の実習経験でも精神保健福祉分野にどっぷり浸かれたので、これはこれでよかったのかもしれません。

 それでは、私の受験体験記をお話しします。


学校の授業は真面目に受ける

 東京福祉大学は入学時に専攻するコースが決まっていて、精神保健福祉コースの学生は比較的早い時期から専門の教科を学んでいきます。精神医学や保健学(新カリ以前の当時の科目名です)なども2年の前期には登場していました。

 これら授業は真面目に受けていました。スタートラインからやる気に溢れていることもありましたし、何より社会人経験があると臨み方が全然違います。ちなみに、受験対策の観点からみて、学校の授業は真面目に受けたほうがいいと思います。学校に通いながら施設のボランティアや実習をするようになると、現場ではこうなんだというケースバイケースの状況ではじめて選択しうることにも多く遭遇します。授業にきちんと出ていると、現場での解釈・判断は教科書で言っていることと同じではないことがわかり、国家試験対策としてはそこを区別しなくてはいけないと思えるようになります。

 大学1、2年の時期というのは、まだ受験対策ではないですが、日々勉強する習慣をつけて、基本的な知識を自分の中に蓄積していけるようにしていました。


現場の実習経験を大事に

 もう一つ心がけたのは、現場の実習経験です。大学1年、2年のときからできるだけ精神科病院や地域の事業所にお願いして、実習経験やボランティアをさせていただくようにしました。精神保健福祉の仕事は世間からは見えづらく、自分の中でも仕事に対するイメージをいろいろもっておきたかったことがありました。学校の先生方からここがいいよと紹介いただいたり、興味のあるところを自己開拓したりしながら広げていきました。

 そうしたなかで、大学2年のときに精神科病院で働く意思をかためました。先生に言われたことでもありましたが、精神障害のある方々がいちばん具合の悪いときの状態を見て、そこにかかわっておいたほうが、先々いろんな場面での対応力につながってくるという理由からでした。

 必修科目の実習以外にこうした実習を継続し、イベントの時に声をかけてもらうなど年間を通してお世話になる病院も出てきました。


スタートは4年生の6月、苦手科目から

 受験対策としての勉強を始めたのは、4年生の6月からです。試験日までの期間を逆算して、これくらいの日数がないと間に合わないだろうという感覚的なものです。履修単位などもほぼめどがついて、向き合える状況が整いつつある時期でもあったと思います。

 勉強の進め方としては、苦手科目から取り組みました。私が受験したときは1科目10点で、得意な科目は模擬試験でも7点、8点が取れる。得意だし、好きでもあるからつい勉強したくなっちゃうんですが、試験で7点、8点取れている科目は勉強しても1点か2点しか増えない。それなら、最高に苦手で1点とかしか取れない科目を勉強して点数を稼いだほうが得策です。私の場合、法学と社会福祉原論(当時の科目名です)が苦手で、基本的に暗記なので、なんとなくでは点数が取れない。このあたりから重点的に取り組み始めました。


問題をひたすら解く、正文を作る

 勉強方法は、“問題をひたすら解く”方法です。過去問のほか、模擬問題などいろんな問題集を集めてきて、同じものを何枚も用意(コピー)して、何度も何度もやる。これが一つです。

 もう一つは、1回解いた問題を答え合わせした後、誤りの選択肢について、どこがどう間違っているのかを自分の力で正文に書き直します。ここが間違っているので、ここの言葉をこのように直すと正答になるという作業をすると、その事柄に対する理解が深まります。試験では、その問題がそのまま出てくるわけではないので、どうすれば正しくなるかを導き出せないと、結局対応できないことになってしまいます。

 教材は、残念ながら覚えていません。問題をたくさん集めたことはたしかで、いろんな出版社から出されている問題集形式の本と思っていただければ間違いありません。

 1つの科目を攻略するときは、その科目のみ2~3週間かけてやりました。科目が一巡して、以前やった科目にまた取り組むとき、知識として根付きつつあることを確認し、それを継続していく。ひたすらその勉強法でした。ちなみに、模擬試験でいい点数が取れている得意科目はさらっと確認する程度で、時間はほとんど割きませんでした。


勉強する場所は大学の図書館

 受験勉強は大学でやると決めていました。集中するためです。毎日、大学の図書館に10時くらいに行って18時まで、長いときは20時くらいまで、1日8時間と決めて勉強しました。4年の6月からの時間数です。

 クルマが好きなこともあって、通学はクルマで行っていました。片道1時間半ほどかかり往復では3時間。それだけ時間もかけて行っていたので、少しやってすぐに帰ってくるということはまずありませんでした。

 図書館に行くと、勉強やらなきゃという人たちの姿がいろいろ目に入り刺激も受けます。周りがライバルに見えてきて、話をしているひまもないと自然と熱が入りました。


勉強方法に不安を感じることも

 勉強をしていて不安もありました。私がやっている勉強は、問題をひたすら解いて、誤りの文章を正文に直すというもので、これだけならそれこそ極めるくらいにやりこみましたが、それ以外の勉強法はまったくしていませんでした。教材としてよくいわれるワークブックは見ませんでしたし、問題を解く方法で取り組んでいても、新しい問題でわからないことが半端なく出てくるので、そもそもこの方法でよかったのかと自問することもたびたびでした。

 ただ、試験までの時間が迫ってくるなかで、今までと違うことをやると迷いが生じてしまうとも思いました。それは自信の喪失にもつながりかねず、この方法を貫き通すしかないと考えました。

 勉強のスケジュールや生活スタイルなども、試験が迫ってきても何も変えていません。ずっと大学に行って、昼間は勉強して、夜は寝てというサイクルです。


「ほっとした」がいちばん

 試験を受けたときは、落ちたと思いました。私の試験のときは、正答の組み合わせ問題が減って、5肢選択から正しいもの、間違っているものを選びなさいという出題形式が半分以上でした。まず面食らってしまって、これは1つや2つ選択肢がわかっても解けないぞと思いました。

 答え合わせをすると、基準点を20点くらい超えていることがわかりましたが、それでも最後までわからないと思わせるものがありました。

 発表はインターネットで知りました。当時、東京医科歯科大学附属病院の就職が決まっていて、ここには大学3年のときから精神科デイケアの実習を継続していました。患者さんから試験合格しているといいねと言われたりしていましたし、精神科デイケア職は精神保健福祉士の資格がないと勤務もできないので、ほっとしたというのがいちばんでした。


病院から地域の就労支援へ

 合格発表の翌月に病院のデイケアに就職し、2年余り勤めた後、就労継続支援のB型事業所に転職して現在に至ります。就労支援をやりたいと思ったのは、病院で患者さんを支援しているなかで、たとえばそろそろ働きたいんだけどと言われる患者さんたちのその後を見てみたくなった、地域でどうされているのか、そこのお手伝いができたらと思ったのが理由です。ある患者さんの就職に実際にかかわれたことも大きなきっかけでした。

 就労支援を活動のベースにしながら、今かかわらせていただいている事業所の会で、企業のメンタルヘルスの相談ができる体制づくりなど、精神障害のある方のリハビリテーションの支援を幅広くやっていきたいと思っています。

吉野さんが勤務する“ホープ大和”での作業の1コマ。この日のノルマは1300箱とか。仕事が多いのはうれしい悲鳴

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