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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

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第56回 原欣洋(はら・のぶひろ)さん

見出しリスト

プロフィール

原欣洋(はら・のぶひろ)さん
平成24年度試験合格

 佐賀大学文化教育学部卒。福岡県出身。子どもの頃から本が好きで、ゆくゆくは教育に携わる職へ進もうかと大学生活を過ごすなか、統合失調症を発症した。このとき21歳。精神科病院に搬送された先で、同じく入院していた津野稔一氏(元NPO法人WRAP研究会、現在は解散)と出会い、このときにピアサポートの原型ともなる経験をした。1年間の休学を経て復学し、卒業後は出版社に勤めたが、精神症状から勤務の支障を感じ、1年半で退職。以後、医療機器の営業職や塾の講師など職を転々とするなか、前出の津野氏との交流は続き、WRAP研究会のボランティアへと、精神保健福祉領域へのかかわりを深めていった。精神保健福祉士の資格は29歳のときに志望。転職を重ねるうちに生計を立てるための専門資格の必要性を感じたこと、WRAPの活動のなかで出会う精神保健福祉士を見て“ソーシャルワーク”をしたいと思ったことが強い動機になった。仕事を続けながら専門学校の通信教育課程2年制に学び、国家試験は1回のチャレンジで見事合格した。資格取得後は、就労継続支援事業所や地域活動支援センター、ジョブコーチなど地域を舞台に活動中。現在、一般社団法人日本メンタルヘルスピアサポート専門員研修機構研修企画委員。好きなものは『週刊少年ジャンプ』、今まで読んだ本すべての中では『聖の青春』、最近ではアニメ化された『3月のライオン』に注目。きらいなのは、やりたいことを言い訳してしない人。「社会そのものにかかわっていくという意味での“ソーシャルワーク”ができる人間になりたい」、さらっと出てくるセリフに未知の何かを予感させる三児の父、35歳。

「WRAP」との出会いから

 精神保健福祉士の資格を取ることになった直接の動機は、何でごはんを食べていくかといったときに、資格があると心強いというか、助けになると思ったからです。短期間で転職を繰り返していたことも関係しています。

 その元をたどっていくと、WRAP研究会やそこと関係する場でいろんな精神保健福祉士と知り合ったこと、またその人たちとの仕事の一面にふれたことが専門職として知るきっかけになりましたし、その元をたどると、「WRAP(ラップ)」というものがあることを教えてくれた津野さんとの出会いがありました。さらにたどると、自分が大学3年のときに統合失調症を発症したという、そこがきっかけになります。

 津野さんは私より先に入院していて、私が強い薬でよだれを流しながら別れた彼女の話をするのをずっと聞いてくれました。入院中に仲良くなって、このときの経験が大きかったんだと思います。WRAP研究会との出会いも大きかったです。ちょうどこの頃に結婚もして、結婚式に津野さんがWRAPのファシリテーター養成研修で参加できないというところがWRAPとの出会いでした。これが日本での最初のWRAPファシリテーター養成研修でした。WRAPは精神保健福祉士の国家試験問題にも出ましたね。

 精神保健福祉士の資格を意識するようになったのは、現在、久留米大学で障害福祉を教えている坂本明子さんとの出会いによります。これもWRAPのつながりです。精神保健福祉士の仕事の中身はわかりませんでしたが、“ソーシャルワーク”をする仕事と聞いて、当時私はこれを言葉どおりの“ソーシャルワーク”と受け取って、おもしろそうだと思いました。社会福祉の世界でいわれているソーシャルワークではなく、英語を日本語に訳したときの純粋な意味でのソーシャルワーク、社会的な活動というところに魅力を感じたということです。英語が好きで、それなりに得意だったことも無関係ではなさそうです。

精神保健福祉士の資格を取ると言ったとき、教科書をくれたのは、同じくWRAP研究会の代表・磯田重行さんでした。教科書は中央法規の「新・精神保健福祉士養成講座」シリーズでしたよ。このWRAP研究会は、昨年(2015年)春に解散していますが、仲間としては今ももちろんつながっています。

独特のレポート作成

 さて、受験勉強のお話です。家計を支えるためにも仕事をまったくなしにするわけにはいかず、専門学校の通信教育課程2年コースに入学しました。通信なのでノルマは月に平均2本のレポート提出、それと2週間のスクーリングです。

 レポートの作成は、課題として出されるテーマをそのままインターネットに打ち込んで検索し、ヒットした文書をダウンロードして、それを材料としながら取り組みました。不正っぽく聞こえるかもしれないので、言い訳しておきますと、その課題に該当する教科書の記述などはもちろん押さえていて、レポートのまとめ方としてどういう形態や方法がありうるのかについて先行例を参考にしたという意味です。教科書を読むのを面倒がったということではなく、いやむしろ教科書を読むのは楽しかったです。プロフィールに紹介していただいているように、もともと本好きですから。

レポートづくりをこのように取り組むと、効率的だし教科書とは別のことが学べるし、提出物としてもうまく整うし、幾重にも得をします。評価も悪くなかったようです。

経験則を信じて

 試験対策には、そこにきちんとはまってくる本を使いました。過去問です。中央法規の『精神保健福祉士国家試験過去問解説集』、私が買ったのはこれ1冊です。それと、これを言ってしまうと不謹慎かもしれませんが、購入した時期は国家試験の1週間前、実際に使ったのは試験の前日、取り組んだ時間数は10時間です。

 このコーナーを依頼された担当編集のYさんから「ありえない」と言われ、今読んでいただいている方も同じように感じるかもしれないので説明します。このように取り組んだのは、中学から高校の進学校、大学受験へと臨んだ自分自身の経験にしたがっています。

短期記憶で勝負

 まず、私は「短期記憶」が際立って強いみたいです。今の病気との因果関係はわかりませんが、短い時間の中で多くの知識や情報を貯蔵するのが得意です。佐賀大学を受験して合格したときも一夜漬けでした。福岡大学は落ちましたが、このときは試験前日に「遊戯王カード」の地区大会があり決勝戦に出ていたので、勉強時間が足りませんでした。一応言っておくと、「遊戯王」は週刊少年ジャンプで連載されていた少し前のマンガです。

 この短期記憶力を活かすなら、前日に目一杯詰め込むのがいちばんです。どうやったかというと、はじめに過去問の1年分を1科目ずつ解いていきます。1科目分終わったら答え合わせをし、正解も不正解も解説を読んで概要をインプットします。次に2科目めに移り、同じことをする。終えたら3科目め、4科目めと進めていきます。そうして全科目を終えたら、間違った問題だけを拾って全科目分を解きます。このときに間違えることはあまりありませんが、間違えたら1巡目と同じ要領で全科目を通します。間違いが1問もなくなったら、次の1年分に進みます。また同じことをやります。そして3年分できたら完了です。試験の準備はだいたいこれで整います。

試験は攻略するもの

 精神保健福祉士の試験の出題形式が5肢選択と知ったときから、大学入試のセンター試験と同じイメージで臨めば受かると思っていました。極言すれば、落ちるわけがないと思っていました。

 誤解がないように言っておきますと、試験の前日まで何もやっていなかったわけではありません。私の場合は基本的に朝、毎日コツコツと勉強していました。レポートの提出があろうとなかろうと、スクーリングや実習への備えが必要だろうとなかろうと、毎日コツコツと勉強していました。繰り返しますが、私は本好きです。試験前日にやったことは試験に受かるための対策であって、基礎学力を養うための勉強を試験前日に始めたわけではありません。

 過去問をやったのは、試験対策で何より有効なのは過去問を解くことであると経験則から知っていたのと、教科書の勉強はどれだけやっても試験での得点には直結しないことを、これも経験則から知っていたからです。前日になって始めたのは、はじめにお話しした、強いと自負する短期記憶を活かそうと思ったから。何かと要領がいいというのも、こういう取り組み方に表れているかもしれません。

ソーシャルワークができる人に

 試験を受けたときの感触はなんともいえず、答え合わせをしたらたしか81点でした。この年の合格点は80点で、結果としてはぎりぎりでした。かといって、試験後はそれほどびくびくしながら過ごすこともなく、就職先をかためつつ迎えた3月の合格発表日は、結果を知って、こんなにうれしいのかと思うくらいうれしさをかみしめました。

 試験合格後は、はじめに就労移行支援事業所、次に地域活動支援センターと所属機関を移りながら精神保健福祉士として働き、現在は仕事をもう少し発展的に開拓したいと、独立も視野に入れて画策中です。そのキーワードは、資格取得の動機にもなった“ソーシャルワーク”です。社会そのものにかかわって何かを創ったり変えたりする可能性を、地域に根差した活動をしながら広げていけたらと考えています。

最後に

 入院経験も多い私がここまでリカバリーできたのは、私が特別だからじゃないということは最後にお伝えしたいと思います。ひとえに、津野さん、磯田さんをはじめとした福岡の仲間と、ピアサポート専門員の全国の仲間、最後に何よりも支えてくれた家族の存在を抜きにしては語れません。特に、浮き沈みがあった時期も別れず支えてくれた妻には、頭が上がりません。この場を借りてお礼を伝え、今後とも末永く共に歩いていくことを、恥ずかしいですけれど誓いたいと思います。