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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

第44回 関野朱紀(せきの・あき)さん

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プロフィール

関野朱紀(せきの・あき)さん
平成24年度試験合格

 日本社会事業大学社会福祉学部福祉援助学科卒。東京都出身。大学受験で進路選択を迫られたとき、将来の職として“正面から人と向き合える仕事”が思い浮かんだ。明確な何かがあったわけではない。特徴のある一本に絞り専門的なことをやれたらと思った。福祉が専門の大学に進んだが、当初は特定の分野への興味も専門性に対するイメージもなく、1年のわりと早い時期に障害児のボランティアに携わり、楽しいと思い保育士の資格を考えたときは同課程の募集を締め切った後だった。3年への進級を前に選択したのは精神保健福祉課程を学ぶ保健福祉コース。知的障害や発達障害など障害児に関する勉強ができると思ったからだが、入ってみて微妙なずれを感じた。どうしようと思った折、地域活動支援センターでボランティアの機会を得た。もっと知りたいと思った。精神障害当事者とのかかわりを通して内省する体験もかけがえなかった。精神保健福祉士の資格取得を心に決め、大学の規定カリキュラムになっている社会福祉士資格とのダブル受験に臨んだ。両資格ともに合格(平成24年度試験)。卒業年の2013年4月より、陽和病院(東京都練馬区)で精神科ソーシャルワーカーとして勤務している。好きなものは、大学から始めたフットサルを筆頭に、ビールとラーメンと京都。京都の随一は法界寺の阿弥陀如来像。きらいなものは、人ごみと電車と寝たいのに寝られない環境・状況。「自分(ワーカー)の立場って何なのだろう」と本質的な問いに出合い、荒ぶる本流を突き進む25歳。

受験の動機

 私の場合、はじめから精神保健福祉士や社会福祉士の資格を取りたいと思っていたわけではなく、人とかかわる・向き合う仕事をしたいと漠然と考えたときに、それは“福祉”なのかなと思ったということです。社事大(日本社会事業大学)を選んだのは、福祉に専門特化されている学校のほうが、より専門的な何かがあると思ったからです。児童や高齢や精神など、この分野を勉強したいというのはありませんでしたし、それまで福祉と特別に接点があったわけでもなかったので、そもそもイメージがありませんでした。

 大学1年の夏に、サークルの先輩から自閉症や知的障害の子たちがいる学童ボランティアに誘われ、そこへ定期的に行くようになって障害児にかかわる分野に興味をもつようになりました。保育士を目指したい気持ちも出てきました。しかし、保育士のコースは1年の初めに選択する必要があり、時すでに遅し。その目で見たとき、介護福祉コースも2年生になる前に募集を締め切っていました。

 どうしたら障害児に関する勉強ができるだろうと考えたときに浮上してきたのが保健福祉コースでした。発達障害や知的障害を含め、障害全般のことが学べるだろうと思ったのです。ところが入ってみると、統合失調症とか双極性障害とか予想していたものとは全然違うものが出てきて、大きく出鼻をくじかれました。

 そんな困ったなと思っていたところに転機は訪れました。社事大と武蔵野大学が共同でボランティアサークルを始めるという話があって、その説明会に出た後、3年の夏くらいから地域活動支援センターに行くようになりました。

 最初に行ったときの衝撃は今でも忘れません。誰がメンバーさんで誰がスタッフなのかわからなくて、玄関で案内してくれたこの方が当時者だったのとあとから知って爆弾を投げられた思いでした。私が学校で勉強しているのは何なんだろう、精神障害って何だろうと、通い続けるほどにもっと知りたいと思うようになりました。精神保健福祉士の資格を取ろう、取りたいと思ったのはこのときからです。

 受験勉強はご紹介できるようなたいそうなものではありませんが、こういう聞けばありがちと思える大学生活を送って、かつ試験に合格した人間の体験談としては一読いただけるかもしれません。

授業は睡魔とのたたかい

 大学に入ってフットサルを始めて、見事にドはまりしました。チームに入って毎日練習、土日もほとんどそれ一色でした。加えて、アルバイトも充実していて、カフェレストランにコンビニ、和食屋のホール、居酒屋など接客業を中心に日々複数のバイトをかけもちしている状態でした。例えば、セブンイレブンで早朝勤務し、学校に行って授業が終わったら、夕方からサンマルクレストランといった具合です。そこから地活でのボランティアと寝る時間を引き算したら、一日24時間では足りない生活でした。

 必然として(言い訳です)、授業中はよく寝ていました。90分まるまる寝ていると、最後のリアクションペーパーで何も書けないので、寝て起きて、寝て起きて、授業の一部分はなんとかとどめるという受け方です。今となっては大変申し訳ないことでしたが、もろもろ一所懸命やってすべての両立を目指すとそうなりました(言い訳です)。

 そんななかでも、よく起きていた授業もありました。社会福祉六法や民法、それと児童福祉法など児童関係の授業です。えっ?法律?と思われるかもしれませんが、授業がおもしろかったり先生が楽しかったりすると、受ける側の意欲と内容そのものも見違えてくるものです。私の場合、もともと歴史が好きで、制度の成り立ちなどに興味があったことも関係していたと思います。

実習での経験が足場をつくった

 毎日がそんなありさまでしたから、授業を通して基礎学力をつけ、受験勉強も早い段階から準備してなどということはありえず、本格的に勉強をやりだしたのは4年生の11月後半からでした。ただ、この間にいろいろなことを経験し、試験勉強に取り組み始めたときには精神保健福祉士として現場で働く気持ちをかためていました。

 大きかったのは、3年の秋に行った精神科病院の実習です。実習担当者が鬼のように怖い方で、でも自分自身と向き合うことを教えてくれた方でした。なぜこう思ったのか、なぜあの人(患者さん)はこういうことを言ったのか、なぜあの時この言葉しか出なかったのか、一つひとつ振り返り、自分を突きつけられる思いやつらい思いも何度もするなかで、この職業に就きたいと本気で考えるようになりました。今、精神保健福祉士として働いている私の原点ともいえる体験です。

 そして、卒論のテーマ決めにだいぶ悩みました。それまでは、日本で精神科の病院をどうしたらなくせるかをテーマに書こうと考えていたのですが、病院実習を経て、病院は治療のために必要な場であり、精神科病院がなくなればいいという話ではないと考えが変わりました。病院のソーシャルワーカーになりたいと思ったのもこのころです。

 就活は一般企業を10数社受け、精神保健福祉領域は精神科病院を2つ受けました。その1つ、現在勤務している陽和病院での採用が決まったのが11月です。実習報告会と卒論の作成をなんとか終えたのもこの時期と重なります。採用が決まってほどなく、病院の所属長になると思われる方から、「試験はまあ大丈夫だろうね」とプレッシャー満点の電話をいただいたのが、受験勉強の本当のスイッチになりました。今思い出しても、あのときの静かな圧はすごかったです。

模擬試験の復習からスタート

 さて、ようやく勉強の話です。11月、受験勉強に本腰入れる体制になったのはよかったのですが、学力的にはかなりよくない状況でした。実力のバロメーターとなる模擬試験の結果がとにかくひどくて、何回受けてもほとんどわからず、総得点が半分以下なんてざらにありました。苦手科目がどれというレベルではなく、何が苦手なのかもわからない状態でした。原因は、模試を受けた後に復習もせずにほったらかしにしていたからとはっきりしていて、勉強はまずこれらを一から見直すことから始めました。全部で5、6セットあった模試の問題を解いてみて、間違ったところの解説に線を引っ張ってよく読んでという基本的なことのやり直しです。

 これとあわせて教材として使ったのが中央法規のワークブック(『社会福祉士・精神保健福祉士国家試験受験ワークブック』)です。何一つわからないという私の状況に対して、あれをとにかく読めと強く勧めてくれる方がいて、この言葉を信じて読むことを始めました。

共通科目の攻略に一点集中

 勉強ははじめから共通科目に的を絞りました。ワークブックを読むというのも、メインは共通の11科目です。精神の専門科目は最後でも間に合うと考えて、実際のところ精神専門の勉強を始めたのは1月に入ってからでした。こちらは焦りながら過去問(『精神保健福祉士国家試験過去問解説集』)を解いて解説を読んでワークブックで補強してのくり返しからポイントを拾っていきました。

 社会福祉士の専門科目に至っては、はじめから捨てる覚悟でいました。就職が決まっている精神保健福祉士は絶対取らなくてはならなかったため、下手に二兎を追ってどちらも逃すことだけは避けたいと思いました。この点は明快に割り切っていて、年末に学内で行われた受験対策講座でも、社会の専門は寝ててもいいやと、ほとんど聴いていなかったくらいです。勉強は、試験の1週間前に中央法規の一問一答形式の問題集(『社会福祉士国家試験過去問一問一答+α』)をパラパラとめくった程度です。

 受験勉強のスタートが遅く、スタートしたときの学力も低かったため、こうした方法を取らざるを得なかったわけですが、結果として各科目に充てた時間配分は正解だったようです。

ビジュアル化して覚える

 勉強への取り組み方としては、興味のあるものから、とっつきやすそうなものから始めていくというのが一つ。先ほども挙げたとおり、もともと歴史が好きで日本史なども得意なほうでした。例えば、共通科目であれば「現代社会と福祉」、精神専門であれば「精神保健福祉に関する制度とサービス」などは歴史に関する内容が多く、勉強の中に入っていきやすい科目でした。こういう興味がもてるところから始めると、だいたいどの科目にも他の科目と関連する内容が出てくるので、そこがとっかかりとなって別の科目も学びやすくなります。

 もう一つは、図表化(ビジュアル化)して覚えるという作業です。試験勉強はとにかく覚えることが多く、書いてあることをそのまま覚えようとするとつらくなります。私の場合、大学受験のときの経験から、いろんなことをつなげて図にしてそれを丸ごと覚えるという方法をできるだけとるようにしました。例えば、精神保健福祉法制の流れについて、起こった出来事とそこにかかわった人物、年代、そこから派生するテーマなどを関連づけた図や、図にできなくてもそういう思考過程で整理したものを作って、その形のまま覚えるという具合です。大学受験のときのその勉強の名残が自分の中に残っていたのを、国試の受験にも活かしました。

 この勉強方法のメリットは、覚えやすいことと忘れにくいことだと思います。人から内容を聞かれてすぐに答えられたり、その内容がテキストの何ページのどのあたりに書かれてあるかがすぐにわかったりと、知識が定着していることが実感しやすくなります。1月の半ばにはそういう状態になっていたと思うので、効率性の面でもよかったと思います。

大学の図書館、教室で1日12時間

 勉強をする場所は大学の図書館、教室と決めていました。朝来てから夜遅くまで、1日平均12時間はやっていたと思います。同じペースで続けていると途中で眠くなったり、モチベーションも落ちてきたりするので、例えば、昼過ぎまで一人で勉強したあと、午後3時から7時くらいまでは友達2、3人と教室で勉強して、そのあとまた図書館に戻って閉館する12時まで一人で勉強するといったスケジュールです。

 大学生活とともにあったフットサルとアルバイトは11月から徐々に引くようにして、12月、1月は勉強一本でした。体力が余って眠くなくなるということは残念ながらなくて、相変わらず睡魔とのたたかいでした。家ではすぐに眠くなるので、大学が閉まってしまう年末年始以外、家で勉強することはありませんでした。

想像していた以上に苦戦

 試験本番は、2日目午前の共通科目が散々でした。簡単ではないと予想しながらも、直前の試験勉強の手応えからは、もう少しやれると思っていました。全然わからなくて試験中に手がふるえてきて、答えはどれもカンで、見直しをする時間もなくて、終わったと思いました。ショックが大きくて昼休みは社会専門の勉強をする気など起こらず、試験はあまり深く考えず、茫然自失の体で機械的に回答していました。

 帰って自己採点したら、権利擁護の科目が1点。ほかは試験直後の実感よりは取れていましたが、マークミスの心配もあって、ぎりぎり通ったかダメだったか、そんな感触でした。精神専門は5肢2択問題が突如現れて焦りはしたものの、得点はできていました。

 非常に微妙な心持ちで結果発表を待っていただけに、合格、それもダブルで取れたと知ったときはうれしくて、なにより安心したというのが大きかったです。これで就活しないで病院で働けると。この発表の2日後に職場研修が始まったのでした。

人とかかわっていく

 入職して間もなく3年目を迎えます。ひとたび仕事の話を始めると、山ほどある課題とか止まらなくなってしまうので、ここまでということにします。いいこともそうじゃないこともいろいろありますが、ぶつかって、考えて、そして悩んでと、人ならではの営みを自らの中に確かめられるのはかけがえのないことのように思います。それらをもたらしてくれる患者さん、職場のスタッフ、支えてくれる多くの方々に感謝しています。この資格を目指そうとしている皆さん、精神保健福祉士とはそういうものと出会っていく職です。