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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

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第43回 P・Qさん

平成24年度試験合格

見出しリスト

プロフィール

 X大学社会福祉学部卒。J県出身。大好きな母といつもいっしょだった。その母が買い物など外出先で混乱する場面に幾度となく遭遇した。母の状況とそれを見ている人たちが怖い――。幼少時の出来事がフラッシュバックする中学時代、自分で調べて精神疾患に関心をもった。少し自分と重なるものを感じた。知りたい気持ち半分、仕事にする気持ち半分で福祉系学部に進学し、精神保健福祉課程を学んだ。精神保健福祉士として働くつもりはなかったが、受験はしようと思った。勉強は趣味といえるくらい進んでやるタイプでもあった。大学4年のとき、クラスメイトとトラブルがあった後、かつて母に生じたのと同じようなパニックをたびたび起こすようになり、通学に支障が出始めた。周囲に体のことは明かさず、国家試験まで漕ぎ着けてなんとかパス。しかし体の状態はすぐれず、内定していた就職を辞退し卒業後に精神科を受診すると、統合失調症の診断。以後、通院治療で現在に至る。趣味はインターネット。文房具を集めるのも好き。「資格を取っておいてよかった。きっと役立てます」と伏せていた目をおもむろに上げた25歳。

受験の動機

 ある病院に通院している者で、精神保健福祉士を持っています。自分の病気について確かなところを知ったのは大学を出てからです。統合失調症です。症状的には、病気と健常のボーダーラインと思っています。国家試験を受ける少し前、実習の頃から急激につらくなりだして、試験はクリアしましたが勤められる状態ではなく、前年の夏前に決まっていた就職を辞退しました。ふつうに通学していましたし、周囲に明かすことではないと思い、クローズドにしています。将来はこの資格で仕事をしたいと考えているので、匿名にさせていただきます。

 精神保健福祉士の資格は、母のことがあって中学時代に自分で調べて知りました。小さい頃、母とスーパーに買い物に行って急に立ち止まって動けなくなることが何回かあり、怖がっている様子がふつうではなかったのを憶えています。病院には何度か行っていたようですが、なんの病気かは教えてくれませんでした。それを調べようと思って、ネットですぐに出てきたのが精神疾患でした。

 細かいことは省きます。自分のことがいろいろ出だしたのは、中学3年でした。急に怒ったり泣いたりと激しやすくなるのは、今思うと受験勉強のせいばかりではなかったと思います。しだいに精神疾患に近いところの仕事を考えるようになり、大学に進学するときは精神保健福祉士をかなり意識していました。

 さて、こちらのコーナーには、友達や家族が受験勉強の支えになった的な内容が多く、自分とはけっこう違うなと思いました。きれいな話が多いというか、こんな人ばかりじゃないと思います。友達がいない人も、それが周りにわからないようにしている人もいます。病気のこともありますが、ゼミ長と仲が悪かったとか、実名では話せない内容もあるので、私の名前と大学もイニシャルを変えています。性別もわかりづらいように編集の方に書いていただきました。ご了承ください。

ゼミ長と仲が悪かった

 はじめから興味があって学び始めた分野でもあったので、大学1年のときから授業は欠かさず出て、ノートもよくとっていました。ちょっと失礼な言い方になりますが、入学してすぐに周囲のレベルに低さを感じたというのが正直なところです。

 それは勉強がどうこうというより、もっと社会的な部分です。例えば、バスの中で大きな声で、「なあ~今日何食う?○○食おうぜえ」とか「昨日ドラゴンボール観たあ、観てねえのお」とか「やべえよ、まじやべえよ」とか、話していることの内容も言葉づかいも、いろんな人が乗っているのにあんた恥ずかしくないのと思うような人がわりといて、でも群れるのは好きで大事にも考えていて、私はそういうのにどうしても馴染めなくて距離をおいていました。ちなみに、これらの発言すべて女子です。

 3年になってゼミに入って、とても嫌な思いをしました。たぶん、ゼミとしての盛り上がりというか、まとまり感みたいなものはあったのだと思います。先生に気に入られて仲間同士でもいつも真ん中にいる子がゼミ長に推されて、やれ合宿だ勉強会だと企画するのですが、自分とあまりあわない子や気にかけなくても関係ないと思っている子には得意のお愛想は露ほどもなくて、時々冷たい視線を注いでくるのがわかりました。

 結局こうしたイベント系は、私はすべてキャンセルし、先生も含め周囲の印象をさらに悪くするのでした。いえ、ゼミの先生はやさしかったと思います。なぜ、こういうことを並べ立てるかというと、国家試験の合否にこれらが全然関係しないからです。

学校の授業は動機づけ

 勉強方法をお話しします。実は、受験対策用の本というのをそれほどは活用していません。大学から案内されましたし、周囲の学生も持っていたので、図書館で見たり何冊かは購入もしたりしたのですが、それが結果を左右したとまでは思っていません。強いてあげるなら、問題集は過去問も模擬問題もトレーニングになると思います。学校で出されるテスト類とはまた違ったものとして、試験のイメージを膨らませる材料になってくれます。

 では、秘訣は学校の授業なのかというと、それもちょっと違います。授業というのは、どうやらこんなことがこの科目の大切なところなのだと大まかにとらえる場で、きっかけづくりだと思います。どんなに説明が上手な先生の話も、それが直接役に立つというのではなくて、自分の興味を刺激してもらったとか、おもしろいものと思わせてもらったとか、そのようにして勉強をするための動機づけをしてもらう場ではないかなと思います。実際、そのような動機づけをたくさんしてもらいました。

インターネットで興味の赴くままに

 私の場合、自分の知識欲に火が付いたら、そこを掘り下げていく手段はインターネットでした。もともとネット好きで、いつも画面を開けているような日常でしたので、手を付けるのもそこから広げるのも早かったです。

 たとえば、統合失調症圏の病態がいろいろあると知ると、そこをもっとわかりたくていろんなサイトにあたっていきます。すると、そのバリエーションにふれられるだけでなく、関連する別の興味を掻き立てるサイトが引っかかり、そこからまた別の物知りになっていきます。なかには間違っている内容もあったでしょう。でも、そうやって知りたいと思って探していく、広げていく作業が結果的に役に立ちました。

 あとからワークブックなどを見ると、すでにある程度頭に入っていることを再確認できて、そこに書かれていることよりもっと深いことを知っていたりすると、いっぱしの専門家のような気持ちになります。すると励みにもなって、勉強しなくてはと自分自身を追い込まなくても、いい感じで取り組めるようになるのです。

共通科目は入っていきやすいところから

 専門科目の精神医学と制度関係はだいたいそれでいけました。もともと歴史的なことが好きで、制度の漢字の多さには疲れましたが、内容にはどんどん入っていけました。援助系の科目はそれほど惹かれるものがなかったのですが、私の印象ではこの2科目、「援助の基盤」と「理論と展開」はそれほど難しいとは思いません。制度の問題のようにわからないと当てずっぽうに答えるしかなくなる科目ではないので、常識的に考えて、また援助の基本原則的な視点で考えて、いちばんもっともそうに考えれば、そんなには間違えないと思います。

 共通科目はいろんな分野があって、それぞれの範囲も広いので、最初はうわっと思いました。社会保障などはとらえどころがないように感じていて、どういう問題が出てきても自信をもって答えられるのは1問もないだろうと思いました。どうしたかというと、社会保障費や各種保険制度の概要だけ押さえておいて、自分の入り口になりそうなところ、取り組みやすそうなところから、これもネットで入っていきました。

 権利擁護や保健医療サービスなどは、国家試験とはまったく関係ない広げ方だったように思いますが、これらの科目はどう勉強しても取っつきづらいし、難しい問題を出されてしまったら解くのは難しいと思います。言葉の意味とか、制度の基本的なところだけは憶えておいて、あとは本番勝負と割り切るくらいが効率の面からも賢いやり方と思います。

接している時間の長さが効いた

 だいたいそれくらいでしょうか。はじめにお話ししたように、4年生の途中から具合が悪くなり、通学がきつくなりました。人の中にいるのがつらくて、日によってどうしようもないときは親に大学の近くまで迎えに来てもらったこともあります。4年で授業のコマ数が減っていたのが幸いしました。

 勉強する時間は、学校から帰ってから夕食後。そう決めていたわけではありませんが、ネットが勉強半分、遊び半分という習慣が大学1年の頃から自然とついていて、試験が近付くにつれて勉強の割合が増えていく感じでした。といっても、4年の後半は夕方くらいから具合が悪くなることが多く、時間的にも質的にも十分な勉強ができたとはいえません。それでもなんとかなるように感じていたのは、たぶん、勉強だかなんだかわからない、でも勉強する内容とどこかでつながっているような時間だけは長く持っていたからだと思います。ネットの話です。接している時間が長いから遠くに感じない、特別に構えないというのはあったと思います。

可能性はけっこうある

 国家試験は、初日の専門も2日目の共通もたぶん大丈夫と思える出来栄えでした。けあサポで答え合わせをしたら、どちらも7割以上得点できていたので、落ちることはないだろうと思いました。やっと終わったという安堵が心地よく、数日にわたって穏やかに過ごしたのを憶えています。

 このように読まれてくると、自分にもけっこうチャンスあるんじゃないかと思っていただけるのではないでしょうか。実際、それほどがっちりは勉強していないと思います。まったく勉強していない人は難しいですが、そういう人は少数だと思います。なかなか覚えられない、思うように進まない、模擬試験の結果がよくないなど、今の芳しくない状況からマイナス思考になってしまっているかもしれません。でも、自分なりに勉強してきたのであれば、何もないということはないはずで、むしろ可能性はもっと高いところにあるんだと思います。

 優秀に見える人とか、仲間と和気藹々とやっている人とか、いろんなこととうまく調和しながらやれている人というのは、いかにも受かりそうです。でもそういうことではないというのは知っておいてほしいと思います。

母のように

 後日談です。私の場合、その後の就職問題や受診のことなど身辺整理がけっこう大変でした。4年生になって早い時期に一般企業への就職が決まり、試験の合否は関係なく当然そうなるものと描いていたところに病気がわかり、この先どうするかはぎりぎりまで迷いました。

 体調は日にもよるのですが、悪いときは急に不安になってどうしようもなくなり、その場にいられなくなります。人がたくさんいる場所や乗り物はだめです。なんともないときはふつうで、周りも何も思わないと思います。悪くなったのは大人になってからですが、中学生くらいから同じような状態になることはあったと思います。

 結局、就職は見送ることになり、先生にも詳しいことは話しませんでした。もしかしたら、最後のほうでは気づかれていたかもしれません。

 現在についてはノーコメントです。悲観的にはなっていませんが、「当事者」という言葉は、自分のこととして考えると世間から線を引かれる感じで受け入れは難しいと思っています。オープンにする勇気を迫られるなら、今のままがいいというのが本音です。

 母は働いています。私もいつか、母のように働いて身を立てたいと思っています。