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和田行男の「婆さんとともに」

僕とクルマ

 今の20歳代の人たちと話すと、クルマの話題はほとんど出ない。
 クルマは単なる「移動道具」でしかなくなっているようで、いわゆる「味わう対象」ではないようだ。
 だからクルマの話で盛り上がるのは「おっさん連中」。僕もその一人である。

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 僕がクルマに関心を持ち始めたきっかけは自転車である。
 子どものころから人と交わることが苦手な僕にとって、誰とも交わらずに一人でどこにでも行ける自転車が大好きだった。
 小学校1年生の時に誕生日に買ってもらった自転車を見た時の光景は、今でも記憶に鮮明に残っている。
 学生の頃はもちろん、就職してからも自転車を鉄道に輪行(袋にくるんで持ち込む)してよく出かけた。
 雲仙に登ったり、房総半島を回ったり、琵琶湖を一周したり、淡路島を回ったり。大阪から京都まで片道55キロを通った時もあった。
 しかも当時は、競輪選手が練習する後ろをついて走っていたら「お兄ちゃん、競輪選手にならないか」と声をかけられたこともあったほど強かった(自負できるほど速かった)。
 僕が最初の結婚をしたのが21歳になったばかりの時だったが、その時の嫁さんに「自転車を買いたい」って言ったら「いくらするの」って聞かれたので「50万円くらいかな」(イタリアの超高級部品を使って自分で組み上げるオーダーメイド)って答えた。
 すると、当時の給与の何倍もする自転車の価格に驚かれたが、彼女が言った言葉が「一人しか乗れないでしょ」って。
 そういやその時には一人目の子どもができていたので、僕も「そうやな」と思って免許をとりに行ったのがきっかけである。
 もともとクルマなんて興味もなく、むしろ自転車乗りの僕にとって「敵」であるクルマ。免許を手にするまで3年かかったが、免許を手にすると欲しくなるものだ。
 昭和53年にニッサンサニークーペ新車(妹が日産に勤めていたから買った)を皮切りに、その8か月後にはいすゞ117クーペXG新車に乗り換え(この車は3か月間に8000キロも乗り、中古車屋のマスターに「タクシー以上に走っている」と驚かれたほどで、仕事以外はクルマ生活を送っていた)、その3か月後には同じくいすゞ117クーペXGの中古車(49年式)に乗り換えるなど、どんどんはまり込んでいった。
 それ以降乗ったクルマは順不同憶えているだけで、
・いすゞ117クーペ(45年式)
・いすゞ117クーペ(43年式 コンクールで賞をもらったほど良質な車やった)
・イノチェンティミニデトマソ(イタリア製のミニでまるでゴーカートやったなぁ どしゃ降りの雨でワイパーが故障 憎めない車やったわ)
・ミニメイフェア
・ミニジャックナイト1275R(これは高速道路で10トントラックに挟まれ全損 今となっては幻の名車)
・ミニジョンクーパーS(1999年式で現在も手元にある 僕が初めてグループホームに従事した年式のクルマを大逆転の痴呆ケアの印税で買わせてもらった記念の車)
・アウトビアンキA112アバルト(イタリア車でメチャ面白いクルマ)
・ニッサンフェアレディーZ(2シーター)
・ダイハツシャレード(今で言うエコカーのはしりだった車)
・ホンダライフバン(軽自動車で好きやったなぁ)
・ダイハツミラ(5万円だった)
・ダイハツアトレーバン(メチャ便利やったわ)
・ランドローバーディスカバリー(どこでも来いって感じ)
・いすゞジェミニ○○(忘れちゃったけど珍しい車種だった)
・ボルボ240(これは名車)
・グランドワゴニア(5900㏄リッター3キロしか走らないアメ者 やけど「ワゴたん」と呼ばれて子供たちの人気者やったわ)
・ベンツ200ワゴン(ベンツマークを全て削り落とした珍品)
・トヨタパブリカ800スーパー(これも時代が生んだ名車のスポーツバージョンでおじさん連中によく声かけられたし自宅に停めていると見学に来る人がいたほど)
・フォルクスワーゲンゴルフ(初代)
・フィアットチンクチェント改造車(ご存じ怪盗ルパンの車。壊れて窓が開かず天井を開けて車外の人と話していたわ)
 など数知れず。
 小さいクルマで中古車が多く、いずれも高額車ではないが、借金をしまくって買った、あるいは人様から預かって乗った、思い入れのあるクルマたちである。
 こんな話をすると「和田さんは飽き症ですか」って言われるが、飽きるというよりは「よりステキなモノ」「その時々に必要なモノ」を求めるうちに、あるいは「遭遇」「いきがかり」でこうなったのだ。
 つまり和田行男っていう人は、車をよく乗り換えるけども、それは「より」とか「もっと」を常に追い求めた結果であり、追い求めていればこそ出会う「出会い」を大事にしてきた結果なのだ。!!!
 と身近な人に言い訳を公開しながら、次にくるであろうクルマを待ち望んでいる。ハハハ
 次はどんなクルマかって…それはヒミツ。

追伸
 『大逆転の痴呆ケア』(2003年発刊)が14回目の増刷になりました。
 ある有名な出版社から「爆発的に何十万部も売れる本は珍しくないが、10年もの間増刷され続ける本は珍しい」と言っていただきました。
 今の僕にはとうてい書けない『大逆転の痴呆ケア』ですが、多くの皆さんに永年にわたってかわいがっていただき、社会に少なからず風を吹かせることができているとしたら嬉しく思います。
 本当にありがとうございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。


コメント


和田さん、今晩は。和田さんも車好きでしたか。私も車好きです。同世代の人は単なる乗り物扱いですが、私にとっては自分のスタイルと言うかファッションと言うか。なんかコダワリがあり、何でも良いって訳では無いんです。
私も飽き性とよく言われますが、飽きてる訳ではないんです!笑
より、自分にとって良いものを…と目移りしてしまいす。今は休みの日に自分の好きな車で好きな音楽を聞いて好きな場所に行く!これぞ休みの過ごし方になっております\(^o^)/


投稿者: つくし | 2012年10月22日 21:49

つくしさんへ

 ぜひ、そのクルマと音楽で名古屋に来てくださいませ。一緒にドライブしましょう。


投稿者: わだゆきお | 2012年10月24日 14:56

「可愛がってやらんと」と、送迎車に乗る前、送迎し終わった後に車のメンテナンスや洗車をしている職員さんがいます。
夏は汗だく、冬は手を冷たくさせながら。


投稿者: わたる | 2012年10月26日 00:31

あはは\(^o^)/ありがとうございます。
名古屋は従姉妹がいてるのでごくごくたまーに行ってます。ぜひ、名古屋に行く際は連絡入れたいと思います(*^^*)


投稿者: つくし | 2012年10月26日 19:25

和田さんへ

ご相談がありまして、ブログに書き込みさせていただきました。
同じ有料老人ホームで働く先輩についてです。
入居者さんに対して大声で「またもらして」「動かないで」など言う先輩がいます。時には恫喝が聞こえます。酸素吸入のチューブを投げて渡したり、チューブを引っ張って「早く歩いて」と言ってます。

私は、この行動や発言を虐待や身体拘束と思いました。

ある日、先輩がトイレのドアは開けたままで、排泄介助をしていたので、私は「ドアを閉めますね」と閉めました。その後、その同僚から「異性を介助してるから開けている」と言われました。

リーダーから、時折、別件で指導を受けている先輩を見かけます。急に先輩の顔つきや態度がきつくなるのが、よくわかります。

上司に相談しようと思います。
私が他に何か出来ることは無いでしょうか?


投稿者: わたる | 2012年10月28日 22:12

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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著者:和田行男
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発行:中央法規
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