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和田行男の「婆さんとともに」

不可能の反対語 「挑戦」

 不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ。
 4月26日付の朝日新聞「天声人語」で紹介されていた黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンの言葉だが、心にズシンと落ちた。

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 僕らの仕事で本当に「不可能」と思えることはやっぱり不可能で挑戦のしようもないが、本当に不可能と言えるところまで挑戦しているかと問われれば、挑むこともなく「無理」「できない」「どうしようもない」「こういう人だから」で、とどめていることばっかりである。
 では僕は何に挑んできたのか挑んでいるのか。
 それは限られた資源(人の手数など)の中で、身体に障害をもっても、認知症という状態になっても「一般的な人と同じ生きる姿で最期まで生きていけるようにする」ことへの挑みである。
 僕の先輩たちは、認知症という状態になった人たちを「縛りつけ」「閉じ込め」「薬につける」など行動を押さえつけてきた。そうされた人たちの姿を僕に見せてくれた。
 「危ない=安全」という錦の御旗の下で行動を抑制され、「何を着ますか」「どうしますか」「何を食べますか」というように選択肢もなく「これを着なさい」「これをしなさい」「これを食べなさい」と選択権を奪われた婆さんをいっぱい見せてくれた。
また逆に、閉じ込めないための工夫や努力、行動を封じない工夫や努力、選択権を保障する工夫や努力をも見せてくれ、可能性を描かせてもくれた。
 現状に何ら疑問ももたず、決められたことだけをこなしたい人(働き手)や利用者・入居者の願いに応えたいだけの人(本意手)は致し方ないとしても、少なくとも自分を専門職と思っている人は「専門職だからこそ」へ挑むのは必要最低の資質で、それを突き詰めていけばきっと、一般的な日本人が生きる姿から遠ざけないようにすることが僕らの挑みだということがわかってくるはずだ。
 医師だって療法士だって「元に戻すために挑む」のが基本で「元以上にすることへ挑む」ことだってある。その専門性にたくさんの人たちが期待し、その期待に応えるために尽力する。それが挑みではないか。
 人が生きる姿から遠ざけるのは簡単なことで、素人でもできる。短絡的な安全策は素人でもとれる。
 だから素人である家族は「鍵をかけろ」「ベッド柵をつけろ」「あの人(他の入居者)と話をさせないで」「危ないことはさせるな」と言い、それに応えるだけでは素人と同じになってしまうということだ。
 人は「できることは自分でしている」「人と人が互いに関係を織り成して助け合って生きている」「社会とつながって生きている」という共通の姿をもっている。
 それを可能にしているのが「一般的な状態の脳」であるとしたら、その脳が一般的な状態でなくなるのを認知症といい、「認知症だから一般的な人の姿から遠ざかっていく」ということになり、支援がなければどんどん遠ざかるばかりである。
 認知症は、医師がいくら尽力しても今の医療の力では原因疾患を根治できないため、元どおりの和田さんに戻すことはできず、一般的でない脳の状態を固定化する。しかも進行がくる。元どおりに戻るのは不可能だということだ。
 僕らの仕事は、脳が一般的な状態に戻らないから出番があるのであり、その人の脳力を補って、一般的な人の生きる姿から遠ざけないようにするのが生活を支える専門職だ! という理屈は間違っていないと自負できる。
 だから「共通の姿」を描いて、その姿を阻害している因子を見つけそれに手立てを講じ、「認知症という状態にある人とは思えない・見えない『ふつうの姿』で生きていけるようにする」ことへ挑むのだ。
 つまり介護職は、脳の状態に挑むことは不可能でも、「生きる姿」を維持したり取り戻すことへは挑めるということで、それに手をつけないとなると、介護職の本質「生きることを支える生活支援専門職」の存在意味を失うことになる。
 ぼくは「しょうがない」と言えるところまで挑み続けていくのが専門職だと自分に言い聞かせて走ってきたが、ジャッキー・ロビンソンの言葉に出会い「ひとやすみ」できた。
 名古屋の喫茶店には珍しく朝日新聞を置いてくれているママ、ありがとう。


コメント


お疲れ様です。なぜか?ブログを拝見するのは夜勤明けの目覚め後のときが多いですが(+_+)目が覚めるような和田さんらしい熱い想いが読み取れた気がします。
今は情報化社会で、本当にいろんな情報が溢れていますが、活字の新聞っていいですよね。読売新聞に認知症の記事が連載されており「ふむふむ」と感じています。
3人でひとりを支える今の日本。ひとりがひとりを支えるなんて予想図は…どうなるのでしょう?友達からは「○○ちゃん(わたし)の仕事をしている人がベンツ乗り回すような世の中にならなきゃおかしいよ!?」と言われています(>_<)!!やれやれ…。


投稿者: T | 2012年04月30日 23:30

 久しぶりに、和田さんのブログを読みました。昨年度に勤務移動したため、慣れない仕事に振り回されていました。一年が経ち、今朝、(年のせいですが)早く目が覚めたので、タケノコの煮物を作りながら、何気なくブログをのぞいてみたら、元気の出る言葉を発見しました。やはり、早起きは三文の徳です。出来ないのではなく、挑戦すること・・今日も仕事頑張るぞ・・と思いました。


投稿者: よっちゃん | 2012年05月02日 05:31

ディサービス初体験 1ヶ月過ぎ 利用者さんから 仕事慣れたか? の一言に 職員が この方はベテランですからとの合いの手に利用者さんは ベテランでも新しい仕事は そううまくはいかんぞ と助けられてしまいました。 情けないですが、その思いやりを糧に 初体験経 のディサービスで働いてます。移動のある職場は大変ですが 職員ではなく 利用者さんに支えられて 勤しんでおります。


投稿者: マメ | 2012年05月05日 20:10

 2004年春、日野市社会福祉協議会だったか社会教育会館かどちらか忘れましたが、その頃はどんな人なのか知らず和田行男さんの「痴呆」講演会があり片道一時間かけて聴きに行った。
腰に手ぬぐい、下駄ばきのお兄さんがスライドを映しながら明るく熱く熱心に語った今も鮮明に記憶に残っています。その時のサイン入り本を大事に訪問介護にも活かしています。
後日小石川保健会館でも下駄履きを禁じられて壇上に歩きずらそうに白い靴で搭乗された和田さん「俺はばぁさんを語ればいいんだよ」と言いげでした。その後の本も私には教科書です。どうぞ自愛活躍下さい。   


投稿者: 興味 津々 | 2012年05月11日 13:02

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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