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和田行男の「婆さんとともに」

歓迎!24時間型在宅支援策の検討

 日経新聞(10月16日朝刊)で報道されていたが、厚生労働省は訪問介護24時間型支援策の新設を検討することにしたようである。
 これが事実なら、やっと自宅で過ごすことを応援する在宅の支援策が拡充されることになる。

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 報道の枠内ではあるが、2012年度の介護保険制度改革で、定額負担(包括定額方式)で利用できる24時間型の訪問介護を新設するというものだ。いわば僕がこれまで言ってきた現行の小規模多機能型居宅介護の変形バージョンともいえるものである。
 詳細はこれからの検討になるのだろうが、この国もやっと自宅で過ごすことを応援する本格的な支援策の構築に乗り出したということであり、推移を見守りたい。
 僕は、根本的に支援策(サービスとは呼びたくないので)の大枠は、在宅支援策、施設支援策、居宅支援策の3つに分類できると言ってきた。
(1)在宅支援策とは、在宅すなわち多くの場合自宅と呼ぶ処に支援策を持ち込むもので、訪問介護、訪問看護、訪問リハ、訪問入浴など「来てもらう系」の支援策である。
(2)施設支援策とは、自宅を拠点にしてそこから一時的にある処に行って利用し支援を受けるもので、通所介護、通所リハ、老人保健施設、病院など「行く系」の支援策である。
(3)居宅支援策とは、あまり居宅という言い方にこだわりたくはないが、自宅から居を移す「住み替え系」で、住み替えたところで24時間を通して支援を受けるものである。
(4)その他小規模多機能型居宅介護は、(1)と(2)を組み合わせた24時間型の支援策である。

 要介護状態というのは、24時間365日を通した支援が必要になるということであり「いつ・どこで・どんなことに」その支援が必要となってもおかしくないということだ。つまり、24時間を通して面で支えることが必要になる。
 また誤解を受けそうだがあえて言うと、乳幼児が同じ状態である。
 乳幼児は「心身の状態」から24時間365日切れ目のない支援が必要であり、その支援は親を中心に、親の親や社会資源を組み合わせて供給している。もちろん親だけで供給している人もいるが、いずれにしても24時間型である。
 その乳幼児も、発達とともに支援の量と質は変わり、だんだんと全体の支援量が減り、やがては必要なときだけ支援すればいい程度になるが、それが多くの人に共通する「自立した日常生活を営む姿」である。支援量が24時間型から減っていくということだ。
 要介護状態というのは、多くの場合そうして減っていった人の心身の状態に異変が起こり「自立した日常生活を営む姿」を維持できなくなるということであり、最大24時間の支援が必要となる。
 ただし、要介護状態という共通点はあっても、一人ひとりの「心身の状態」は違っており、支援の量と質は違うのは言うまでもないが、支援があるかないかにかかわらず、要介護状態というのは24時間を想定して仕組みを構築しないと対応できなくなるということだ。
 合わせて24時間型でないと、支援する側の事情に合わせていくことになり、我慢を強いることが難しい状態にある人の場合にはお手上げとなる。
 例を出せば、全く動けない人は、何をどうしたいと思っても自分では動けないため、思ったことを他人に委ねるしかないが、委ねたくても誰もいなければ我慢するしかないのだ。だから画一的で「点」の支援策でも何とかなっているように思えるが、我慢を強いているにしか過ぎないのだ。認知症で歩くことができる人の場合は、何かをこうしたいと思ったら動くことができるが、やり遂げられないために予測不能な様々なことが起こりうるので、画一的で「点」の支援策では対応不能となりやすい。つまり我慢を強いることが難しいため、誰の目にもわかりやすく「なんともならない」ことになるのだ。
 自立が損なわれるというのは、いつ・どこで・どんな形で生活に障害をもつかわからない状態になるということであり、自宅でも24時間を通して支援が受けられる仕組みにしないと、自宅での生活を続けていくことが困難になるのは目に見えており、居を移す選択肢しかないということになる。
 しかも、自宅に来てくれる支援策が画一的で定形少量時間しかない現状では、自宅を離れたくなくても通所系に行くしか手がない=選択肢がないということになり、自宅で過ごすことに喜びをもつ人にとってとても不幸な状況であり、経済大国・高齢社会先進国としてはお粗末としか言いようがない。
 憲法は「何人も奴隷的拘束はだめだよ」と謳っているが、打つ手がないなかで本人の意思(利用者本意)とは無縁の「自宅引き剥がし支援=非在宅支援」がまかり通っている現状を少しでも改善できるのなら、喜ばしいことではないか。
 お金のこと、支える人手のこと、いろいろと難しい課題はあるだろうが、自宅で過ごすことを24時間支える新たな仕組みの検討は、憲法を国民生活に反映させる手立てとして当然のことであり、あれもこれもは無理だとしても、法と法の精神を遵守する=コンプライアンスの国家として、その道を歩みだしたことに拍手を送るべきではないだろうか。
 願わくば、小規模多機能型居宅介護のように、事業の中でケアマネジメントが実施できるものにしてもらえれば、「自在性」と「即時性」をもったものにでき、支援を受ける人にとっても、支援を供給する側にとっても効果は大きいのではないか。期待したい。


コメント


 24時間型在宅支援策の導入がどのような形をとるのかが楽しみです。入居型施設のニーズが高いのはどうしても「主たる介護者」がいない方の場合ですよね。介護保険の理念が生きる方向に動くことを願いたいです。
 そういえば、近所でちょっと気になる情報を聞きました。ある有料老人ホームの方の話しで「徘徊の方も大丈夫ですよ。しっかり施錠をしていますから・・職員も慣れているしね」と話しているのを聞きました。
 う~ん何が大丈夫なんだろう?


投稿者: よっちゃん | 2010年10月20日 08:38

昔と今の話をしていた。認知症を抱える方が、今の世の中を「が・さ・が・さ」と表現した。

介入して護る介護でなく、「私達を介して、再び社会に向かう(言いたい事を持って外に出る)ことを護る」意味の介護かな


投稿者: すみこ | 2010年10月29日 00:22

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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