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和田行男の「婆さんとともに」

かじとり

 再び繰り返されたグループホームにおける火災事件。数年前の長崎での教訓は活かされず、犠牲者を出してしまったことが残念でならないし、国民に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 今週は遅れてでも内容を変更して、この問題に触れたい。

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 長崎での火災「事件」のあと、グループホームに自動火災報知機や火災通報装置、スプリンクラーといった設備の設置が義務づけられた。あえて事故ではなく「事件」と書く。
 僕にすれば「つけないでよい」という法規のほうが間違っており、「つけなさい」という決定は大歓迎だった。
 ただし、「つけないでよい」とされていたものを「つけなさい」と言われても、小規模経営のグループホームにとっては費用負担の面で厳しいから、補助金を出すとか、政府系の金融機関などが無利子で貸し付ける仕組みをつくるとか、家賃で回収できるようにするとか、工事期間中の弾力的な運用を認めるとか、あれこれ設置即時完全履行に向けた仕組みをつくるべきだというのが僕の主張であった。
 当時は、「後付けでは壁や天井にパイプがはしり、見た目グループホームの家庭らしさが損なわれる」とか「行政はスプリンクラー業者と何か関係があるのではないか」といったような、設備の設置に否定的な声が僕の周りからさえも聞かれた。
 僕に言わせれば、ちゃんちゃらおかしな理屈になっていない理屈ばかりで、ある事業者団体の幹部とはこのことで随分激しい議論をしたこともある。
 僕は「火災時に、人の手を補うための機器は何でも設置するべきだ」という基本的な考え方をもっている。
 僕が初めて勤めたグループホームは民家改修型で250平方メートルほどの小さな建物で、火災に対する備えは消火器しかなかった。後に煙感知器は自主的に取り付けたが危険だらけのグループホームだった。
 どんなに優秀な職員であったとしても、職員一人二人では、近所の人が助けに来てくれたとしても、婆さんが助かる確率は低いことは一目瞭然である。
 グループホーム草創期の頃の研修会で、ある行政マンから「和田さんのところで火災が出たらどうなりますか」と質問を受けたので「婆さん丸こげです」と答えた。
 最新の設備を備えた役場でも「100%犠牲者は出しません・出ません」と言える根拠はどこにもなく、行政マンは役人としては納得いかなくても、市民としては「そうだろうな」と思わざるを得なかったようだ。僕も「出したくないです」と願望を情緒的にのべても仕方がないから「犠牲者が出る・出る確率が圧倒的に高い」と伝えたかったのだ。
 東京都で初めてのグループホームであり、何か起こしたら後に続く人に申し訳ないという一心で「火を出さない」ことに職員一同が心がけるぐらいしか手立てがなかった。
 当時の僕では、経営者にスプリンクラー等を設置して欲しいとは言えなかったが、家庭用の小型スプリンクラーを売りにきたあるメーカーには「これはいい。でも売り方が悪い。こうして売り込んではどうか」と話をしていたほどだ。
 東京の事業者団体の仲間たちも、団体の取り組みでスプリンクラー事業者のパンフレットを配布することをすんなりOKし、設置義務はなくても「必要なもの」と早々に民家改修型グループホームに設置した仲間の経営者もいた。
 そんな僕らにしてみれば、防災設備の設置に抵抗する人たちの真意が理解できなかったし、僕は今でもすべての介護施設には「いま考えられる防災設備の設置は義務づけるべきだ」と考えているし「そのために行政はお金を使うべきだ」と考えている。
 東京では僕ら事業者も行政も同じように考えていたため、素早くスプリンクラーの設置に関する補助制度ができたのだが、都民にとっては喜ばしいことである。
 どんなに設備をつけても、それが「いざカマクラ」のときに作動してくれるかどうかはわからない。特にスプリンクラーは試験ができないからなおさらだ。でもスプリンクラーが付いていなければ、天井から水が落ちてくる可能性はゼロである。
 大事なことは、「ゼロをゼロのままにしておく」ことではなく「ゼロ以上の可能性にかけること」ではないだろうか。その可能性は僕のためにあるのではなく、国民のための可能性なのだということを忘れてはならない。
 今回の火災事件でスプリンクラーが付いていたら…と考えたとき、付いていたとしても犠牲者が同じ人数だった確率はゼロではない。でも犠牲者が少なかった確率もゼロではないのだ。いや、多くの専門家が言うように、一人でも二人でも生存者が多かった確率のほうが高かっただろう。
 火災は出さない。そのために尽力するのはもちろんだが、出したときに「最善の消火・避難」で犠牲者を最小限に食い止めるようにする、そのために準備をするのは当たり前のことである。その最善の方策を人の手だけに求めるのは非現実的であり、機器等をつかって補うのは当たり前のことである。

 自動車がわかりやすい。
 自動車は、人が主導権を持たざるを得ない道具である以上、人を殺しかねない危険性を秘めており、事実として毎年何千にも人の命を奪っている。だからクルマを追放しよう! というのではなく、運転する人にその危険性を周知しつつ、いくら周知しても人が操作する以上何が起こってもおかしくないことを前提にして、クルマの安全性を高めるために専門職たちが限りない追求をしている。
 すでに実用化されている「アンチ・ロックブレーキシステム」をはじめ、これから実用化されるであろう「自動衝突防止装置」などはその典型で、一つひとつの部品にまで「クルマの安全性を高めた技術を注ぎ込み、「クルマを無くす」のではなく、「クルマによる事故被害を最小限にする」ための追求をしているということだ。
 専門職は、どれだけしても・何をしても、クルマを人が操作する以上ゼロにはできないことは百も承知していることだろう。でもそこに向かって追求する。
 僕らも「婆さんに不利益なことが何も起こらない状態」をつくることは不可能だ。それを追求すればするほど、人の生きる姿からどんどん離れていくことになるだろう。生きている人間に、活動している人間に何かはつきものなのだから。
 でも事故による婆さんの死は防げなくても、事件による死は防げる。防ぐ確立をあげ、ゼロに近づけることはできる。

 火事は命とり。
 火災による犠牲者をつくらない方策・実践を追求することが必要で、「命とりを防ぐ舵とり」が行政にも事業者にも僕らにも求められる。
 犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。合掌

追伸
 3月10日、全国グループホーム団体連合会主催「グループホームの未来に向けて」の催しに来ていただいたみなさん。
 おかげさまで札止めにするほど大盛況となり、内容的にも大成功を収めることができました。本当にありがとうございました。この場をお借りして御礼を申し上げます。


コメント


 原因がストーブに洗濯物とは、ありえん!という議論はどうでもよく、どんなに気をつけていても、家電製品やらコンセントやらからの出火の可能性はあります。タオルについていたアロマオイルが乾燥機の中で自然発火して火災、ということもあったみたいだし。
 もし火災になったら、和田さんおっしゃるように一人ではとてもじゃないけど非難させられません。うちでは今年スプリンクラーの設置を予定しています。
 火災が怖いのはもちろんですが、今回の件で「一人で夜勤なんておそろしくてグループホームなんてやだ!」と職員のなり手が無くなってしまうことが超怖い。非難時のことを考えて介護度が上がったら退去、というGHが増えるのも怖い。規模に限らず補助金つけて義務化するのが一番良いと思います。二人夜勤が可能になるほどの報酬アップはありえんでしょうし。
 ※先日、山口での講演、職員3名と参加しました。地の果てまで来て頂きましてありがとうございました。大変勉強になりました。


投稿者: たろ | 2010年03月16日 18:28

 火事がおこる原因として、最近は地震がこわいです。地震で地が揺れ、建物が揺れ、台所やボイラーから火が出るかもしれず、そうしたら、建物が歪んでしまうからスプリンクラーが機能しないかもしれない。
 私は何にせよ、スタッフの二人確保が最低限必要だと思っています。仮眠もとれず、判断力も緩い状態。ただ一人の夜勤者が誰かの部屋に行ってしまったら、残りの利用者を誰がみる?
 夜勤者のほかに、
 準夜(16時~翌1時)
 深夜(翌1時~10時)
 に人を配置するとか…

 難しいのでしょうか?
 精神的負担を今後更に重く感じるスタッフが多くなる事も心配です。


投稿者: かゆし | 2010年03月17日 00:44

 今回の札幌での「事件」に関してのマスコミの報道の仕方を見ていて、「違う!違う!」と和田さんと同じようなことを考えながら叫んでいました。
 防ぐ手段、可能性を減らす手段があるのであれば、そして、それが職員が対処できる範囲の超えた部分をカバーできて利用者を守れるのであれば、手を尽くさなければいけないと思います。
 届け出や見てくれも大切だとは思いますが、職員ができることの限界を踏まえて、現実の場面でいかに対応できるように準備するかがプロの仕事だと思います。
 グループホームだけではなく、スプリンクラー等の設備がなされている特養や老健、病院でも火災が発生すれば相当の被害が出る可能性が高いです。規模の大小ではなく、人の命が集まる場の命の守り方(災害だけでなく、医療も含めて)についてこの先どのようにお金をかけていくのか、そしてどのように現場は応えていくのか、眼をそらさずに、国民全体で考えていかなければいけないと思いました。

追伸
 和田さん、いつもご無理お願いして越後長岡までお出でいただきありがとうございます!
 またお酒準備してお呼びしますから、嫌がらないでくださいね。


投稿者: しん | 2010年03月17日 13:12

 今回の火災、犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
 報道での情報のみを見てですが、やりきれない気持ちになります。私は現在グループホームではない事業所で働いていますが、現場にいた時は、何かあったら全員の方を一人で避難などできないと思っていました。その前の大型施設でも無理と思って避難訓練していました。
 人の命を守る、避難に支援がいる方の命を守るには人もお金も必要です。
 しんさんと同じく、他人ごとではない、自分のこととして、国民みんなで考える必要性を感じます。


投稿者: まんまる | 2010年03月18日 20:45

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
和田 行男
(わだ ゆきお)
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は大起エンゼルヘルプでグループホーム・デイサービス・小規模多機能ホームなどを統括。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

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