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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

意思決定支援とAAC

 AAC(Augmentative & Alternative Communication)とは、拡張・代替コミュニケーションのことです。障害のある人が自らの意思決定にかかわって、他者とコミュニケーションをするために期待されるさまざまな手段のことです。これらは、意思決定支援の充実を展望する上で、より多くの人々の協働のためのツールとなる可能性を秘めたものと考えています。

munesawa_0910_1.gif虐待の事実確認のためのピクトグラム例-詳しくは今月末刊行の『障害者虐待-その理解と防止のために』(中央法規出版)をどうぞ

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 AACには、およそ4つの基本があります。
1.聴覚だけに頼るのではなく、視覚その他の経路を活用する。
2.音声言語のような音の複雑な組み合わせとルールを使わず、実物の形状や動きに近いものやデザイン化されたものを用いる。
3.複雑な構音運動をせずに表現する。
4.それぞれの障害特性に応じた最も有効なコミュニケーション手段を選択し、組み合わせる。

munesawa_0910_2.gifマカトンサインの例

 主なAACには、次のようなものがあります。
〈サイン系〉 手話、指文字、ジェスチャー、マカトンサイン、身振り
〈シンボル系〉ピクトグラム、マカトンシンボル
〈文字〉文字盤、筆談
〈絵カード〉 写真、自作画、切抜き等
〈実物/ミニチュア〉人形、ぬいぐるみ、ままごとセット
〈VOCA(音声出力装置)〉ビックマック、スピークイージー、トーキングエイド等々

 これらは、さまざまな障害の特性に応じた選択が可能であると同時に、ピクトグラムのように、障害のあるなしにかかわらず速やかな情報伝達に有効な方法も含まれています。

munesawa_20120910_3.jpg高速道路サービスエリアのピクトグラム

 イギリス意思能力法(2005年)は、第一の原則に「能力を欠くと確定されない限り、人は、能力を有すると推定されなければならない」と定めています。0歳時や重度心身障害のある人のコミュニケーションに関するインリアル・アプローチによる研究の成果を受けとめると、無脳症でない限り、出生した時点からすべての人間には意思があると考えることができそうです。
 「障害が重い」からコミュニケーションや意思決定ができないという決めつけは、間違っています。相手があってはじめてコミュニケーションは成立しますから、最重度の人によっては、相手の存在に気づき切れていないことへの支援が大切な方もいるでしょう。相手の存在に気づいてはいるが、コミュニケーションを通じて分かりあう喜びを十分に知らないために、コミュニケーションへの意欲が削がれている人もいます。相手に伝えるに十分な気持ちはあるけれども、表現方法を知らないためにもやもやと鬱積していることもあります。このような場合に、コミュニケーションにおける合理的配慮として、AACは実践的に追求されるべき手段です。

 もちろん、意思決定の対象となる事柄の性質によっては、例えば、不動産の売買契約や遺産相続のように、障害のあるなしにかかわらず、専門家の助言を受けなけなければ意思決定できない場合もあるでしょう。

 しかし、厳密な意味を伝えることに拘泥しないのであれば、概念的な事象であっても工夫次第で分かりやすく伝えあうことは可能です。さいたま市の条例づくりにおける知的障害のある人のための学習会では、画像と音声言語を併用しながら、「ノーマライゼーション条例」のことを「いやなことや困ったことがあるとき、それをはね返すための市民のルール、約束事」と表現することによって、伝えることができました。つまり、知的障害があるなら「概念的なこと、複雑で難解なことは伝わらない」と決めつけるのではなく、これまでにない創意工夫を重ねながら、意思決定支援のあり方を深める必要があるのです。

 したがって、意思決定支援とは一定の支援技術があるものではありません。たとえば、「カメラを買う」ということにかかわる意思決定支援には、多様な支援内容が含まれます。
 どのような場面でカメラを使いたいのか(使用目的)、主な被写体は何かによって、カメラの基本仕様(スペック)の情報を伝えるほかに、カメラマンのような恰好をしたいというニーズがあれば一眼レフのデザイン面を伝える必要もあるでしょう(意思決定主体の価値づけと関連しています)。かなり話が煮詰まって、カメラの機種がいくつかに絞られて、懐具合との相談も出てくると、「あちらを立てれば、こちらが立たず」といったような葛藤場面で「悩む力」への支援が求められる場面もあるでしょう。このように「カメラを買う」ことをめぐる意思決定支援の担い手には、「カメラ」と「意思決定主体」に関する実に多様なファクターについて考慮できる人でなければなりません。つまり、狭義の福祉的支援に納まるものではないのです。

 意思決定支援には、パーソナル・アシスタントや様々な専門家・市民の協働が必要です。乳幼児と養育者のコミュニケーションについて、鯨岡峻さんは「『赤ちゃんの要求の表出』→『養育者が自分に向けられている』と受けとめ、応答的に応じる」(鯨岡峻「乳幼児期におけるコミュニケーションの発達」、秦野悦子編『ことばの発達入門』29-52頁、大修館書店、2001年)ことが、人間のコミュニケーションの基礎となる「原コミュニケーション的構造」であると指摘します。人間の意思決定とは、多くの人たちの協働の連続によって成立するものだということができるでしょう。


コメント


どのような障害をもっていても、その人自身の意思を尊重する、また人に生まれたからこそ人とコミュニケーションをとるということは大切であると思います。私はAACというコミュニケーションツールについて、様々な情報伝達方法から個人に適した方法を選ぶことでそれらを可能にする有効な手段であると思いました。どのような障害をもっていてもコミュニケーション方法を考え、意思伝達を諦めないことは、意思決定支援において重要であると思います。


投稿者: みこ | 2013年01月11日 14:06

私は一時期手話を習っていましたが、手話だけでなく、AACにはさまざまなものがあると知りました。『「障害が重い」からコミュニケーションや意思決定ができないという決めつけは、間違っている』という意見に賛成です。障害を持っている人が、それぞれに適したコミュニケーションツールを使い、意思決定できる社会になるとう、変化の激しい時代に生きる私たちも努める必要があると思いました。


投稿者: すず | 2013年01月20日 00:56

AACの中には手話やピクトグラムだけでなく、様々なものがあると知りました。障害者とのコミュニケーションの他に一目見ただけで理解できる表現なども含まれるようです。障害の特性に応じてAACを選択していくことは、障害者とのコミュニケーションにおいて重要なことだと感じました。


投稿者: 猿ロック | 2013年01月23日 00:14

私は教育実習で実習先の児童と一緒に福祉体験の一環として手話の学習をしました。授業時数の関係上、わずかの時間しか手話に触れることができず、手話に対して深い学習ができなかったと感じています。手話を含めたAACについて小学校の段階から継続的かつ体験的に学習することで彼らが成長したときに、何らかの障がいを持った人などに対して偏見や差別を少しでも減らす土壌を作ることができるのではないかと感じました。


投稿者: すもも | 2013年01月25日 02:02

障害にかかわらずコミュニケーションが取れるということは以前知覚障害・肢体不自由の特別支援学校に行った時により実感した。そこの子どもは発語が困難で身体も自由に動かせたわけではありませんが教師の質問に対し「はい」、「いいえ」という意思を教師の指を握るという行動で伝えていた。現在では生体信号の検出装置及び解析装置を用いることで生体現象(脳波や脳の血液量等)を利用して「はい」、「いいえ」を判定することもでき、きっとこれからも更に細かい意思も理解できるようになっていくと思う。こういった装置も確かに必要であるしさらなる発展を望むが、人と人とが関わることで得られるAACも大切にしていかなければならない。なぜなら人の関わりの中に機械などをはさめばはさむほど関係も淡白になってしまう可能性もあるのではないかと考えるからだ。心理学的にも人と人との距離が近ければ近いほど安心をもたらすことがあると言う。だから人のつながりを根本において関わることがコミュニケーションのスタートなのだと思う。


投稿者: WIND | 2013年01月25日 11:30

他者とのコミュニケーションや自己の意思決定は人として生きる上でとても大切なことだと思います。
手話やピクトグラムなどは私たちにもなじみの深いものですが、ACCがさらに身近に感じられる社会をつくることで、障害を持つ人が他者とのコミュニケーションをより取りやすくなると思います。


投稿者: みきちゅー | 2013年01月25日 12:57

私は、今まで知的障碍者に意思決定能力があるのか疑問に思ってきた。記事によると、0歳児や重度心身障害のある人でも、無脳症でない限り意思があると定義されている。確かに、0歳児は言葉を喋れなく、意思はないのかと思うが、泣くことや、表情などでコミュニケーションをはかり、実際に意思はあるのかもしれない。これと同様に、重度の心身障害の人も意思をもっているならば、なんらかの手段で意思決定をしたいだろうし、コミュニケーションをはかりたいと思う。それを実現したAACという手段は画期的なものだと感じた。


投稿者: アスカ | 2013年01月25日 16:12

「人間は社会的動物である」この言葉のようにどんな人でも誰か他の人とつながりを持たなければ私たち人は生きていくことができないと思います。そしてそのつながりを持つ、保つために必要になるのがコミュニケーションです。障害を持った方々の中にも「誰かとコミュニケーションを取りたい」であるとか「この気持ちをわかってほしい」といった感情がきっとあると思います。でもそれを表現する方法が分からないとしたら、そんな方々にとってAACという手段は重要な意味を為すと思います。AACがもっと普及すれば障害のある人々にとっても、コミュニケーションの取りやすいより良い社会になっていくのではと思いました。


投稿者: pei01 | 2013年01月25日 22:08

人間は他者とコミュニケーションをとり、意思決定をしながら生きていくものであると考えている。それは障害を持つ人間も同じである。
障害を持った人間にも他者とコミュニケーションをとる必要がありAACはそれを実現できる方法だと感じた。しかし、AACは私たちにはあまり馴染みのない言葉であり、これではコミュニケーションをとることが難しい。そこで、私はAACを身近に感じれるような社会を作ること(幼いころからAACを体験する機会を設けるなど)が必要であると考えている。


投稿者: おかず | 2013年07月24日 03:23

AACの一つのピクトグラムは障害あるなしに関わらず速やかな情報伝達ができなければなりません。しかし、街中を歩いていると一瞬見ただけではそれが一体何を示しているのか分からず立ち止まって考えてしまうものもあります。最近は私たちのニーズに答えてさまざまな施設や環境が整えられてきています。それらの場所が増えれば新しくピクトグラムも増えることとなるでしょう。新しい何かをつくり出すとき、自ら体験することがない新しいことだらけの状態なので、ピクトグラムのような単純かつ内容を瞬時に伝えられるようなものを作るのは大変なことだと思いました。トイレマークが少しずつ変化しているように他のピクトグラムも変化を遂げていき、誰もが住みやすい環境になっていくのだろうと思った。


投稿者: 三年寝太郎 | 2013年07月26日 13:32

障害を持つ人に対して簡単に意思疎通する能力が欠けているとすることはその人の人権を十分に尊重できてないし、あってはならないことだと思います。その点を踏まえて、そのような人との意思疎通ツールとしてAACはとても画期的なものだと思います。特にピクトグラムは速やかな情報伝達に有効で誰もがわかりやすい意思疎通ツールだと思います。このように障害の方のためだけの目的ではなく誰もが共有できる意思疎通ツールを作り、誰もが住みやすい社会を作っていくことが大切だと思いました。



投稿者: ちゃん | 2014年01月21日 00:35

イギリスの意識能力法(2005)に「能力を欠くと確定されない限り、人は能力を有すると推定されなければならない」とありますが、人権問題を考えるうえで、この法のことは頭にいれておかなければならないなと感じました。過去の私をはじめ、多くの人々は障害を持って生まれた人に対してコミュニケーションを上手く取れず悪い印象を持ってしまう場合があったかもしれません。しかし、言葉を使って意思の疎通を図ることができないのであればAACのような媒体を介して行えばいいだけの話ではないでしょうか。言葉で疎通を図るのが正解だとは誰も言ってないのだから。障害をもっているのであれば、それに合わせた方法を取ればいいだけの話です。そういった考え方を持てる人がまだまだ少ないのが残念です。


投稿者: レモンウォーター | 2014年01月22日 13:22

どんな人でも意思の疎通は基本であり、なければならないことです。障害のある人が自分の意見が伝わらず、周りのひとばかりに決められることは苦痛やストレスとなり、それによってお互いの関係がうまくいかない。だからAACのような簡単な意思疎通方法で伝わればお互いのことが伝わり、いい関係が築くことができる。このようなコミニケーションの手段が現在よりもっと多くの人に理解してもらえば、さらに障害を持つ人だけでなく、周りの人にとっても良い環境になると思います。ですから私もそれらの意思のサインを見逃さずにいけるよう努めたいと思います。


投稿者: T.K | 2014年01月27日 20:34

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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