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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

夏休み子ども企画

 この8月20日、「共に生きる~ユニバーサルデザインを考えよう~」をテーマに、さいたま市市民活動サポートセンター企画の、小学生の子どもたちのための「夏休みの自由研究対応講座セミナー」の講師を務めました。
 子どもたちの活きいきした身体の動きや眼の輝きに接すると、このような企画の大切さを実感します。

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子どもたちに車いすの扱い方を学んでもらう

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 さいたま市ではこの4月から障害者権利擁護条例(ノーマライゼーション条例)が施行されました。さいたま市市民活動サポートセンターから、この条例のスピリットを子どもたちに分かりやすく具体的なテーマで学ぶ企画にしたいとの提案があり実現したものです。

 さいたま市の条例は障害者の権利条約に即した内容を持ちますから、障害のある人は支援の対象ではなく「人権主体である」ことが議論の出発点であることは言うまでもありません。しかしながら、「共に生きる」や「人権主体」はそれだけでは抽象的で分かりづらいため、具体的な事象を通じて子どもたちと考えていくスタイルをとりました。実例を示すために用いたスライド画像は、128枚にのぼります。

 今回は、企画の全体を3部構成に分けて進めました。

 第I部は、まず、障害のある人たちが、障壁(バリア)が本来的に存在しない(または存在しないに等しい)領域でどれほど潜在能力を発揮してきたのか、障壁が社会的に取り除かれたところではどのように活き活きと働いているのかを映像と画像を用いて解説します。

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辻井伸行さんのピアノ演奏の視聴からはじまる

 たとえば、辻井伸行さんのピアノ演奏にはじまり、全盲のミュージシャンの数々をジャズピアニスト・ギタリスト・歌手等で紹介し、それらはわが国では琵琶法師の蝉丸信仰までさかのぼることができる事実を提示します。つまり、「目が見えないのに楽器が演奏できるなんてすごい」と考えるのは晴眼者の無理解に過ぎず、音楽や芸能の世界は、視覚障害のあるなしにかかわらず、それぞれの人のもつ潜在能力がいかんなく発揮されてきた歴史があることを確かめるのです。

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聴覚障害のある3人の方に前で手話ミーティングをしてもらう

 次に、手話の遣い手である聴覚障害のある人たち3人に「この企画に集まった子どもたちに期待すること」をテーマに手話で話し合ってもらい、その輪の中に子どもたちが入ったとき、手話通訳者は「子どもたちのために」必要であることを実感してもらいます。ここでは、「聴覚障害のある人たちのために」もっぱら手話通訳者が必要なのだという無理解に気づいてもらうのです。

 第II部は、障害のある人が潜在能力を発揮しづらい障壁をつくってきた社会や私たちの無理解・偏見をどのように乗り越えていくかについて、バリアフリーやユニバーサルデザインの実際を体験してもらいながら考えます。「障壁(バリア)を設計の力によって乗り越える」とはどういうことなのか、ここに工夫と労力を惜しまない営みを共にすることが、「共に生きる」具体像の一つであることを子どもたちと共に深めていくのです。

 まず、車いすの扱い方の講習をし、次に、会場となった浦和駅東口のパルコの建物とその周辺からのアクセスについて、車いすに乗る子どもを中心にしたグループを組んで、探索に出かけてもらいます。

 ここでは、引っ込み思案からはじまる子どものいることは当然ですが、途中からはすべての子どもたちが、まさに子どもたちならではの身体の躍動と目の輝きにあふれて、賑やかに進んでいきました。

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階段の介助体験をする子どもたち

第III部は、第II部を受けたミーティングと子どもたちが夏休みの自由研究でユニバーサルデザインをさらに深めてもらうためのオリエンテーションをしました。

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ミーティングをする子どもたち

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全体ミーティングのひとこま

 第II部の探索で子どもたちが発見してきた建物と道路のつくりについての問題は、ほとんどすべてが的を射たものでした。建築士や土木の設計に携わる「大人」とは違い、子どもたちは万人の「遣い勝手」から的確な指摘をしてきます。
 たとえば、会場のあるビルの1階出入口は6か所ほどありますが、スロープのついている入り口が2か所しかないのはおかしいとちゃんと指摘します。これが大人の設計の世界では、「バリアフリーの建築基準はちゃんと満たしている」となるでしょうか。ある種の障害のある人に建物の出入り口が限られてしまう構造物は、災害時の避難等に明らかな不利益をもたらしますから、大人の言い分こそ「屁理屈」だと断言できるのです。

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最後のオリエンテーションに子どもたちの集中力は途切れない

 第I部は「今日は何が学べるのだろう」という興味津々のまなざしが、第II部は活き活きとした身体の動きと輝くようなまなざしが、第III部では途切れない集中力が、それぞれの場面で見せてくれた子どもたちの姿です。

 私にとっては、快い疲労を感じて終わる一日でした。ただ…、私にも夏休みが欲しい~(嗚呼)。


コメント


私は、この記事に記載されているようなイベントを通して、人々が「障害」という言葉に対して自ら作っている「壁」を認識し、取り除くべきだと考えます。私の従兄弟にも障害を持った人がいますが、その従兄弟の言葉で昔、印象に残ったものがありました。
「自分たちは確かに、健全な人と比べて、できないことも多い。でも、障害を持っていると言われる人全員が、全身が動かないわけではないし、自分の考えをしっかりと持てないわけではない。障害という言葉に人は過敏で、助けなきゃ、すべて自分が代わりにやってサポートしなきゃと考えて、過保護なまでに接してくるが、自分だって自分の足で友達に会いに行きたいし、味噌汁だってテーブルまで運べるし、スポーツだってやってみたい。」
このとき、今まで私が彼のためと思って行ってきたことのほとんどが、本当に大きなお世話だったと痛感しました。障害は社会及び、自分のエゴが作り出すものであると、本当に実感したのです。今、彼はSO(スペシャルオリンピック)でメダルを取る程の選手です。人は、障害のある方々の生活をより深く知ることで、彼らが何に不便を感じるのかを知り、より有意義なサポートをするべきであり、あくまで彼らの可能性を狭めることはしてはいけないのだと考えます。そのためにも、この記事にあるようなイベントはとても重要だと感じましたし、もっと拡大すればいいと考えました。


投稿者: akane | 2012年01月23日 13:30

 私は今秋にとある博物館を訪れました。博物館を訪れた目的は、「理科教育と児童引率の観点から検証する」ことでした。本来は、博物館の展示内容や運営方法について、学習指導要領に即しているかどうか、問題解決型学習としてどのような見学構成を組むか等を検証しました。しかし、児童引率の観点から博物館を見学すると、階段に設置された車いす運搬機や、各所のスロープ、AEDや担架などでした。
 私が小中学生の時には、クラスに肢体不自由の児童が所属していました。彼が学級集団に所属していることで、活動の範囲が狭まることもありました。しかし、9年間での彼との関わりを通して、バリアフリーへの関心や理解が深まったのも事実です。
 児童達が障害者やバリアフリー・ユニバーサルデザインに関心・理解を持つことは、これからの社会を支えることに繋がります。諭すような講話だけでなく、本記事のように目で見て、手で触れて、身体を動かすことで、その願いが叶うのだと思います。


投稿者: 桜鯛 | 2012年01月24日 11:00

このような活動を行うことは素晴らしいと思う。なぜなら自分も小学生の時にこのような企画に自主的ではないが学校行事として参加したのである。そのときに車いすに乗っていたらこのいつもはなんでもない段差が登れないことに気付き横にあるスロープの意味が実感できてやっとその本当の意味がわかった気がしたし、点字も実際に触れて自分で読むことでそれまではただのぶつぶつが意味を成したと感じた。このように小さい頃に経験することで記憶にも鮮明に残り、それからの生活する上で例えば階段の前で困っている障害者に出くわしたときもなぜ困っているかが子どもながらにも理解し行動できるようになる。このような活動を宗澤先生にはぜひ続けていただきたいし、とても素晴らしいことであると思います。


投稿者: s14 | 2012年01月25日 10:47

今や、バリアフリーやノーマライゼーションといった単語は一般化しましたが、未だにその語への理解が未熟なのも事実だと思います。
このイベントで扱っていた「障害のある人たちが、障壁(バリア)が本来的に存在しない(または存在しないに等しい)領域でどれほど潜在能力を発揮してきたのか」というところには自分としてもとても興味があるトピックでした。
実際に障害のある方でも健常者より優れた能力を発揮している方はたくさんおられると思います。
辻井さんと同じピアニストで「フジコヘミング」という方がいらっしゃいます。彼女はもとから音楽の才能に恵まれていましたが、後天的に聴力を失い、生活に困窮し、社会から疎外された暮らしを送っていました。今でこそ世界から認められたピアニストですが、それまでには社会から偏見によって才能を発揮する場所が無い、といった背景がありました。
私はこのような事例があることをとても苦々しく思います。
彼女以外にもこのような疎外を受けた方はたくさんおられるでしょう。
日々をなんの障害もなく過ごせている私たちにとっては、完全に理解するということは難しいかもしれません。
しかし、このイベントのように子供たちや地域から、障害に対する概念や今後の生活を考えてもらうことは素晴らしいことだと思います。
このような取り組みが今後も続き、それと同時に生活する環境が、私たちや障害を持っている方々にとって過ごしやすいものへと変わっていけばいいな、と私は思います。


投稿者: ひじり | 2012年07月13日 16:31

健常者の障害者に対する偏見や無理解はやはりまだまだ多いのだろうと思います。
有川浩さんの小説に後天的に聴覚障害をもつようになった女性がヒロインの作品があるのですが、その中に「耳が悪いと打ち明けたら当然のように『じゃあ手話が使えるんでしょ』と言われたり、…(略)…明日自分が突然難聴になったとして、あんただったら自動的に手話ができるようになっているのかと言いたい。」という一節がありました。考えてみれば当たり前のことなのに、「障害者」という言葉でひとくくりにしてしまっているのだと思います。健常者が障害について本当に理解するのは難しくもありますが、まず理解しようとすることが必要なのだと思います。
このようなイベントなどにより、子どもだけでなく大人もバリアフリーに対して真剣に考えるような社会になっていけば良いと思います。


投稿者: +皐月+ | 2012年07月18日 00:51

私もこのように子どもたちが身体障害者の方の苦労を知るという体験は、とても必要だと思います。現在そういった苦労を知らず、むしろそういった側面から目をそらすようにして生活している人が多いように思います。これでは身体障害者の方がさらに住みにくい社会となってしまいます。よりよい社会にするためにも、健常者に身体障害者のことを考えさせるためにも、このような活動を続けていってほしいと私は思います。


投稿者: ジョントラボルタ | 2012年07月18日 01:04

私もかつて車イスでの介助体験をしたことがあるのですが、介助してみてわかること、車イスに乗ってみてわかることがたくさんありました。普段生活してみて何気なく行えていることが、車イスになると圧倒的に難しくなります。
扉が開けにくくなったり、スロープがないと介助者一人ではたった数段の階段でものぼることができないことはもちろん、特に驚きだったのは、なんてことのない小さな段差すらも車イスでは越えられないということでした。車イスの前輪はとても小さいので引っかかってしまい、前へ倒れてしまいそうになるのです。
介助体験をしてみてからというもの、街中を見る目が変わり、なんて不便で不親切な街のつくりをしているんだろうと思うことが多くなりました。道路には小さな段差が多くあり、車イスでは躓いてしまうし、目の不自由な人にも同じような危険があるのではないかと不安になります。工事を行う際に、そういった人のことを考えずに作られたのでしょう。
最近ではバリアフリーやユニバーサルデザインが組み込まれた街づくりが盛んになってきています。そういった動きが日本中に広まって、どんな人でも安心して暮らせるように、街が変わっていくことを願っています。


投稿者: もち米 | 2012年07月18日 06:32

このようなイベントを通して障がい、ユニバーサルデザインなどについて学ぶことは非常に大切なことであり、もっと展開、開催していくべきだと私は考える。健常者の人は、障がいを持っている人に対し、補助なしでは生きていけないだとか、手話がなくては何もわからないという概念がある人が少なからずいるであろう。しかし、それは大きな間違いであり、障がいをもっている人は支援の対象ではなく人権主体なのである。私の小学校では障がいを持つ子も一緒に勉強していた。私はその子とも普通に仲良く接していたし、みんな手伝うときには手伝って、それ以外は普通に一緒に楽しんでいた。しかし、世の中そういう人ばかりではない。蔑んだ目で見る人も実際にいるのが現実である。これらのイベントをもっと身近なものにして多くの人が参加することで、障がいへの理解が深まるのだと私は思う。


投稿者: たいどん | 2012年07月18日 11:19

健常者は、障害者を‘障害者’と呼ぶ。障害を持っていたとしても、だからこそ備わった能力、才能があると思う。健常者よりも真面目に、一生懸命生活している人なんてたくさんいるのではないだろうか。健常者でも、仕事をしていないような不真面目な人はある意味での障害者なのではないかと私は考える。
それにしても、この夏休みの子ども企画はよいものだとおもった。普段の生活において、身近にそのような人がいなければユニーバーサルデザインを考えたり車椅子の体験をしたりということはまずないであろう。子どもの生き生きと取り組む姿が写真からもすごく伝わってきた。子どもは何にでも興味を持って取り組んでくれるのだと思った。私は教育学部に所属しているが、そう言う子どもを相手に、いろいろな体験や学びをしないではいられないと感じた。子どもをとおして、どんな人でも生活しやすい環境を一人ひとりが考え、また、そんな環境に近づけることができればいいなあと思った。


投稿者: rila | 2013年01月19日 19:39

障がいをもっている方の気持ちを考えたり苦労を体験することは普段できないことなので、子どもたちにとってこのような体験はとても貴重だと感じました。体の不自由な方は、身の回りにある段差などの障害物に非常に苦労するとは思いますが、実際に体験することは難しいです。そのため、車いすに乗るという経験は、車いす利用者の方と介護者の方、両方の気持ちを味わうことができると思います。また、障がいをもっている人はかわいそうなどの偏見を持つことは大変失礼なことだと思うため、障がいをもっている方がどれだけ活躍しているのかを子どもたちに紹介することはとても効果的だと感じました。このような子どもと関わる活動、ボランティアにぜひ私も参加してみたいです。


投稿者: みたらしだんご | 2013年01月22日 11:55

私はこのような体験学習を高校の時に行ったのを覚えています。アイマスク体験では全盲の人の感覚を味わいました。その体験をする前は普通に歩けるだろうと思っていましたが一人では歩けず、杖など使っても歩けなかったのを覚えています。
このような体験を通してのみ、私たちは障害のある人たちの感覚をきちんとわかるのだと思いました。
このような体験学習を小学生のうちから行うことは非常にいい体験だと思います。やはり障害者に対する理解は大切ですし、理解をするのは大変だと思うからです。このような体験を通して偏見や差別というような問題が減っていくと思います。街中で障害者の人が困っている場面に出くわしても、なぜ困っているのかが分かると思いますし、助けることが出来ると思います。
このような取り組みが私たちを取り巻く環境をより良くしていくものだと思います。


投稿者: ぐし | 2013年01月23日 09:56

私はこのセミナーと同じ中身が取り上げられた、ついこの間の先生の授業で、視覚障害、聴覚障害に対する無理解に初めてハッと気付いた。障害を持った人々に対して「かわいそう」と思ったりするのもここから来ているのだろう。『何かができなくて悔しいとは思っても、自分のことをかわいそうだなんて思ったことはない』という言葉を聞いたことがある。障害を持っているか持っていないかの違いで私たちは勝手に曲がった考えを作り出していたのだと思った。また、七年前に亡くなった私の祖父は、私が生まれたころには両足と左手が麻痺しており、車椅子生活を送っていた。その数年後に両親が建てた私の実家は、扉の前にはスロープ、家に入ると玄関や洗面所やトイレお風呂はとても広く、1階は玄関からすべて段差はなく、ドアは引き戸でいたる所に手すりがある。子どもだった私も祖父の車椅子を押したり寝ている足を動かしてあげたりと、身体の不自由な祖父が当たり前だった。それゆえ、祖父が亡くなってからも、出かけた先で車椅子には不便そうな所が多々あり、つい気になってしまう。いつかバリアフリーに関する仕事に就くのが昔からの私の夢である。


投稿者: くねくね | 2014年01月23日 17:41

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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