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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

食の文化運動

 「1日30品目」を憶えていますか?
 これは、1985年厚生省「健康づくりのための食生活指針」で提示された言葉です。未だにこの言葉の呪縛にはまっている方もいるかも知れませんが、2000年改定の新食生活指針からは「主食、主菜、副菜を基本に食事のバランスを」となって、「1日30品目」の言葉は消えてしまいました。

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私のお気に入りの「サラメシ」-埼大正門前Be-Plantの「しょうが飯」

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 それは当然でしょう。湯豆腐に醤油、ゆず果汁、きざみ海苔、ゴマと「七味」を振りかけたら「12品目」、ご飯を「十六雑穀」と混ぜて炊いたら「17品目」、ここに沢庵を添えたらトータルで「30品目」などと数えても、とてもバランスのとれた食事とはいえないからです。
 1985年の旧指針のスピリットは、揚げ物の多い惣菜や弁当、ファーストフードなどが国民の食生活に浸透したため、多様な食材による栄養バランスを考えた食生活にしましょうという点にあったはずです。

 しかし、今でこそ「笑い話」にできますが、一時は百貨店や土産物店に「30品目ふりかけ」や「12品目煮物」などという看板の商品が堂々と売られていました。忙しくて時間にゆとりのない多くの国民にとっては、栄養バランスを考えることよりも「品目を数える」ことの方が簡単で分かりやすいから、国が提示した「数字」が誤解を含めて独り歩きしたのも「むべなるかな」だったのでしょう。

 食生活の習慣は、国民の側から「健康で文化的な」あり方へと迫らない限り、なかなか定着することはありません。
 イタリアのNPOの運動としてはじまった「スローフード」は、ファーストフードに対抗する国民の文化運動としての取り組みです。この出発点に据えられたテーマは、(1)消えてゆくおそれのある伝統的な食材や料理、質のよい食品、酒類を守る、(2)質のよい素材を提供する小生産者を守る、(3)子どもたちを含め、消費者に味の教育を進めるという3点です。
 この取り組みの特徴は、食生活のあり方を基軸にして、食をめぐる生産と消費のあり方や民衆の「働き方」・「暮らし方」までを視野に入れた文化運動である点でしょう。

 仕事の合間に慌ただしくハンバーガーや「のり弁」を胃袋に詰め込むような、不健康極まりない食生活を克服するには、このような文化運動の力が必要です。個人的な工夫の範囲でも食生活を改善できる点もありますが、自助努力だけで何とでもなると考えるのは、私の経験からいえば、浅はかではないでしょうか。

 私の娘が中学生だった時代のことです。
 当時、娘はソフトボール部のレギュラー選手で、春と秋の大会シーズンになると試合に持たす弁当を私が作っていました。ここで、イタリアの「スローフード」にならい、冷凍食品を一切使わず、すべてを素材から手作りし、味・色合い・盛付けの三拍子そろった弁当にしようと心がけていたのです。これが、まあ~大変。

 料理をすること自体に私はひとまず不自由がないので、弁当を手作りするだけなら何てことはないのです。
 娘の中学のチームがトーナメント方式の大会で勝ち進むと、試合会場は自宅からどんどん遠くなるため、娘が朝に家を出る時刻もそれに応じて早くなります。
 そこで、チームが勝ち進んだあるシーズンには、私は朝の5時前あたりから毎土日に弁当を作る羽目に陥り、心底参りました。「今日もかっ飛ばしてくる!」と元気に出かける娘をしり目に、休日にも仕事を抱えている私は「今日あたりで負けてこい…」と心中呪文のようにつぶやくこともしばしばでした。
 このように、食のあり方は暮らし向きを抜きに考えることができないのです。

 実際、豊富な食材をふんだんに用いた手作り料理を毎食味わうなんて贅沢は、普通の勤労者にはとてもできない芸当です。

 その点、NHK総合テレビの「サラメシ」(「サラリーマンの昼食」という意味)は、なかなかいい番組でした。この7月で最終回を迎えてしまったことがまことに残念でなりません(再放送の予定は、次を参照のこと、http://www.nhk.or.jp/salameshi/)。

 この番組のコンセプトは、「昼飯から『働く人の今』が見える」。
 さまざまな職業人が、昼飯に何を大切にしようと考えて食べているのか、昼食時にどんな会話をするのか等をルポする場面があり、勤労者サイドの「健康で文化的な食への迫り方」のさまざまが実に興味深く描かれていました。
 例えば、ある企業の「非破壊検査」担当セクションのサラリーマンの昼食の紹介では、単身赴任の男性が仕事帰りに食材を買い、野菜や焼き魚を主体に朝弁当を作っているところまで紹介していたように、働き方や暮らし方と一体のものとして「サラメシ」を浮き彫りにさせるところが実にすばらしい。

 この番組の構成は、小津安二郎の愛した天丼など、庶民の「サラメシ」とはかけ離れた有名人の食へのこだわりを含んでいたため、池波正太郎の「食道楽」もののような部分もありました。バブルの時代じゃあるまいし、私としては「有名人もの」をそぎ落として、今後この番組をぜひ復活させて欲しいと願っています。日本の勤労者にふさわしい食の文化運動の土台を明らかにするものではないかと考えるからです。

 先日、ロイター通信(7月22日電子版)は、次のような配信をしました。それは、ロンドン・オリンピックのオフィシャルスポンサーである大手ハンバーガー企業が、オリンピックのパブリック・エリアや選手村・メディアセンターに独占的に飲食施設を4店舗設置する権利を持っているのだが、これに対してイギリス医師会は、世界中で肥満が問題となっているのだから若者に対する不適切なメッセージだと否定的な見解を表明した、というものです。

 外食チェーンを展開する企業や食品関連企業の食文化に対する社会的責任は、つくづく重いと感じます。各地方の食文化であった食べ物が首都圏に進出し全国展開のチェーンとなると、ほとんどの食べ物が元のものとは似てもにつかぬ代物になっていきますね。これは、あらゆる地方の出身者にあまねく食べてもらうように味・食感を調整していくことから生じていると聞いたことがあります。
 ある九州産の焼酎について、九州で売られているものと東京で売られているものとは、味と風味が全く違うと確信している銘柄さえあります(ちなみに、この銘柄の利き酒は、複数の友人で確かめましたからね)。

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長崎の小浜で食べたなかなかのチャンポン‐チェーン店のものとはまるで違う

 これらは一面では食文化の破壊ではないのでしょうか。
 数年前、夕方の報道番組でわが国の大手製パンメーカーの開発担当者が「日本人が夕食にパンを食べるようになる製品開発が課題だ」「朝食と昼食まではパンは広まったが、夕食にはまだ食い込めていない。この壁を突破できれば、売上げは倍増する」と発言していたのを見たことがあります。
 私は、日本の食文化を根底から覆してまで「売上げ」を伸ばそうとする不遜な企業目標を、しかもテレビであからさまに発言することに、背筋がぞっとしたことを憶えています。当時はきっと、さまざまな農業・米作団体からすさまじい抗議を受けたのではないかと推察します。

 このように食をめぐる巨大資本の社会的な力を前に「健康で文化的な食」を守り発展させるには、国の食生活指針と個人の努力だけでは限界を余儀なくされます。ここに、食をめぐる文化運動の必要性があります。
 ここで、障害のある人の働く取り組みで作られる食品類が、一定の役割を果たすことができるのではないか、果たしてほしいとつねづね願ってきました。「何を作るべきなのか」「どのような文化運動として取り組むのか」という視点と見通しさえ吟味して明快にすれば、制度的な条件整備によっては、巨大な前進ができるのではないかと考えます。


コメント


私もBe-Plantの料理は優しい味がしてとても好きです。食品産業について書かれていましたが、某牛丼屋のうな丼と天然うなぎとの差は大きいと先生は以前授業でおっしゃっていたのを思い出しました。営業する店舗の地域における味、価格などを吟味した結果変わってしまう料理は私は食文化の破壊だと思います。このブログの通り、制度などの条件整備をすることによっては食文化を守れると私も思います。


投稿者: ドラシエル | 2012年07月01日 23:24

私は、このブログを通して、伝統的な味を壊し、変化させてまで料理を販売しようとする企業の在り方に疑問を感じました。伝統とは、そこに受け継がれるべき価値があり、それをそのまま後世に伝えていかなければならないと思いますし、その味を変化させることは代々伝わってきた伝統の良さ、というものをほんとうに伝えたことにはならないと思います。手軽さや低価格を重視する企業ではなく、伝統の味だからこそ伝えられる食材本来の素朴な味やおいしさ、作った人のぬくもりを伝えられるような取り組みが必要だと思います。


投稿者: ひら | 2012年07月04日 18:27

私は、今年の4月に大学に入学して以来、不健康な食生活が続いています。高校生のときまでは朝ごはんをしっかり食べて学校へ行き、昼は母が作ってくれたお弁当を食べ、夜も7時、8時くらいに母が作ってくれたごはんを食べる、という生活をしていました。しかし、大学生になり、一人暮らしをするようになってから、朝は時間がないので食べず、昼は生協で買ったパン、夜も自炊は面倒くさいのでコンビニで買ったお弁当…というような生活です。さらにひどい場合は1日1食しかた食べないときもあります。ずっと体に良くないとは思っていましたが、このブログを読んで、日本の伝統的な食べ物はせっかくおいしくて健康に良いものばかりなのだから、しっかり自炊をし、「健康で文化的な食」を忘れないようにしなくてはならないと思いました。


投稿者: いくら | 2012年07月05日 17:21

このブログを拝見してまず30品目ふりかけや12品目煮物などというものがかつて当たり前のようにしかも百貨店などで販売されていたということに心底驚かされました。品目の数=栄養バランスにはつながらないことぐらい僕でもわかっていました。だから僕はずっと栄養バランスを意識して食事を心がけるようにしてきました。しかし大学生になってから友達の家に泊ったり夜遅くに自宅に帰宅する機会が増え、また親も高校生の時のように弁当を作ってくれなくなってしまったのでつい手軽に食べられるコンビニ弁当やカップラーメンなどが増えているような気がします。今回のブログを見てそんな食生活をもう一度見直さなくてはと思いました。また日本の伝統的な食文化も大切にしていきたいなと思いました。


投稿者: ガチかぁ | 2012年07月24日 17:08

恥ずかしながら「スローフード運動」とは「外食(ファーストフード)で済ませずなるべく自炊をしよう」という意味だと勘違いしていましたが、伝統食材や小生産者の保護も視野に入れた取組だと知って感心しました。
私は一人暮らしをするようになって、健康には気をつけようと自炊して栄養バランスをとるよう意識していますが、なかなか毎食一汁三菜は難しいですし、親が共働きの家庭ともなればもっと苦しいと思います。ですから、簡単にできる料理の番組を増やしたり、最近注目されている、栄養バランスの良い和食を低価格で提供する「社員食堂(または学食)」のような食堂を街にも作ったりすれば、どうしても作る時間がないときにも栄養のある食事がとれて良いのではないかと考えます。男性も女性も仕事に追われる現代では昔のように一から丁寧にだしを取って…というのは難しいですが、前向きに工夫すれば日本の伝統食、素朴で幸せになれる味にふれる機会を増やすことができるのではないかと思っています。そうやって少しずつアプローチしていけば、日本人の食に対する考え方も徐々に変わっていくのではないでしょうか。


投稿者: tive | 2013年01月08日 21:50

1日30品目を目安に食事をとることに私も一度挑戦したことがある。しかし、最初は30品目なんて容易いと思っていても、実際20品目程度で限界がおとずれ、私の挑戦は失敗に終わったのである。今となれば、1日3食もままならない生活を送っているうえ、バランスなどは考えずに食事をとってしまっている。30品目なんてほど遠く、10品目にも満たないという日だってあるだろう。忙しさを理由に、バランスのとれた食事をとることを怠っていた。1日30品目、この機会にまた再チャレンジしてみようと思った。


投稿者: はんぺん | 2013年01月25日 00:41

私は今の外食チェーン店産業が栄えたのはひとえに安さからだと思います。やはり大学生になって自炊の頻度はすくなくなり、栄養バランスというよりも安さと量を意識するようになりました。私はこのブログをみて改めて栄養バランスを意識して、極力カップラーメンなどを取らないように意識して生活していきたいと思いました。


投稿者: やっぴー | 2013年01月25日 13:29

Be-plantの美味しそうな写真につられてきました。私は実家生にもかかわらず家にご飯がないのが当たり前の家庭ですのでBe-plantのような手作り感溢れるご飯に飢えています。大学生となり更に不健康な生活になり、なんとか野菜をとりたいと思いながらも頼ってしまうのは安いファーストフード店。しかしこの記事を読み最近薄れかけていた健康管理への危機感を思い出すことができました。美味しく栄養価の高いものを頑張って摂るようにします。ありがとうございました。


投稿者: まる | 2013年07月09日 15:39

私は、食の文化面についていえることは同時に機能面でもいえると思います。その最たる例が旬の食材です。ほとんどの食べ物が、ある特定の季節において栄養価、収穫量、そして味が大きく向上し、それが地域の名産物となっているのをよく見かけます。ファーストフードなどで一年中同じようなものを摂取できるのはある意味では食文化の発達と言えるかもしれません。しかしその利便性以上に伝統的な食材の地域とのかかわりが薄くなったり、農業社会が衰退するのは大きな損害と言えるのではないでしょうか。長期的な面での悪影響は否めません。これからは食の文化的な価値を認識するだけでなく、日々の食事を栄養面からも見直してみるとまた違ったアプローチができると思います。


投稿者: ハリー | 2013年07月23日 22:09

大学に入学して早4か月が経とうとしています。ここ最近はバイトやサークルなどで忙しく、食事は某牛丼チェーン店やコンビニ飯、ファミレスなどで済ませていました。また栄養が偏らないようにと野菜ジュースを飲むようにはしていましたが…やはり"しっかり"とした食事がとれっていなかったのだと痛感させられました。また同時に"食文化"の重要性も思い知らされました。"食生活"は僕ら個人個人の問題ではなく、より広い範囲にまで影響しているということを今一度考え、これからの食生活改善に取り組んでいきたいと思います。


投稿者: パヤオ | 2013年07月24日 11:04

記事の中の「日本人が夕食にパンを食べるようになる製品開発が課題だ」というどこかの企業の発言には少し恐怖心を覚えました。しかし、それと同時に朝昼パンを食べるということが普通になりつつある日本人の食事の現状にも不安を感じました。日本の食文化が崩れてきているなと思いました。
そうとはいってもわたし自身、きちんと栄養のとれた食事を三食とっているとは言えないので、一人暮らしだからといって妥協しないでなるべく考えて自炊をしようと思いました。


投稿者: さと | 2013年07月25日 15:03

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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