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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

キツツキのように甦る-ボーッと佇んでみること

 この2~3日どうも体調がすぐれないと思っていたら、夕方から発熱しました。医療機関の検査ではインフルエンザ(A型、B型ともに陰性)ではありませんでしたから、この間小生と関わりのあった人たちにおかれましては、その点についてどうかご安心くださいますように。
 それでもブログを書いている? そこまで熱意をもっているのか? いえ、こんな時だからこそ、短く書いておきたいことがあったのです。それは、ときとして「ボーッと佇んでみる」ことに意味があるということです。そう、寒いさなかにギジバトが羽根を膨らませて、空気を溜め込み、じっと温まろうとするように。

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写真1 空気を溜め込んで佇むキジバト-埼玉大学キャンパスで

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 ごそごそと布団にもぐりこんでうとうとし始めると、私にはいつもと異なる時の流れに身を委ね、すべてのノルマから解放された気分に浸ります。忙しい日常と発熱時にこのように明確な分岐点が出てくるのは、私の場合、「病人役割」をいいことにしてノルマを放置するという「怠け」ではなく、大袈裟な言い草ですが“修練”の賜物です。

 子どもがまだ小さくて、子どもの日常に親の手がさまざまに必要な時代に、単親家庭の親が発病するとこれはもう大変です。親の方は休みたくても休むことができない呪縛にかかり、そのことがまた親の病気を長引かせてしまいます。「疾病と生活困難の悪循環」を絵に描いたようなあり様。この悪循環にはまると体もきついですが、精神的にはとても辛い。
 そこで、子どもの生活が少しは親の手から自立する小学校段階くらいから、発熱して布団に入り込んだら、いち早く治すことが先決であるとして、治るまでは目的意識的に休息をとって「ボーッとする」ことにしてきたのです。もちろん、このようにするには数日分の食料が、生鮮食料品を含めて常にわが家に用意されていること等が条件ですが。

 このように決め込んでしまうとたいていの場合、3日以上寝込むようなことはまずなくなりました。その上、長い間忙しく働いてきた人が大病を患って「人生観を変えた」というような心境に、少しは理解を寄せることができるようになったと思うこともしばしばです。
 現実と距離を置くと覚悟を決めて寝込んでしまうと、普段とは異なる角度から日常の光景がさまざまに見えてきます。「ここのところ拘ってきたあの問題は、そう執着することもないな」とか、急き立てられるような感じがつきまとっていた案件も「あの人が協力してくれれば何とかうまくいくな」とか、忙しくしていたからこそ見えていなかったことが、最初はぼんやりと、徐々に鮮明になっていくような時があります。

 これは、一時はやり言葉となった「リセット」とは明白に違います。人間は歴史を離れて生きていくことはできませんから、そもそも電子機器のように「リセット」できような存在ではありません。ある個人が「リセット」したつもりでいても、それは「踏ん切りをつけた」程度の意味に過ぎません。周囲の人たちすべてが同時にその人のことを「リセット」しない限り、客観的に「リセット」したことにはならないのですから。

 発熱して頭の芯のまわりをけだるさが覆っていたひと時が過ぎ、布団から抜け出して「よしっ復活だ」となると、「こらからは、そことあそこを確実に突いてやろう」と寝込む前よりも鮮明な意識が湧いてくるのです。そこで、私の甦りはかねてより「フェニックスのように」ではなく、「キツツキのように甦る」と表現してきました(笑)。

 頑張るだけが能じゃありません。休息はかけがえのない人生の間です。

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写真2 枝を突くコゲラ(小型のキツツキ)-同大キャンパスで


コメント


 埼玉大学で講義を受けているものです。
 私の実家は自営業なので、父も母も私が幼いころから体調をこじらせても仕事を休みませんでした。しかし、私が学校から体調が悪くて早退すると決まって世話をしてくれました。
 先生のブログを読んで、改めて親に感謝し、すごいなぁと感じることができました。
 そして、私もこんな親になりたいと思いました。


投稿者: 渡辺水産 | 2010年01月28日 17:52

 自分も、ボーっとするのが好きです。何もせずに時の流れに身を任せることで、悩みや考え事も深刻に考えることがなくなります。就職しても、ボーっとする時間を大事にしたいと思っています。


投稿者: いってつ | 2010年01月29日 00:59

 このブログを読んで、「休むこと」の大切さ、そして、休むためには頑張りがあってこそであるということが伝わってくる文章でした。
 体調を崩した時に、今までのしがらみを忘れて、休んでいられるというのは、その時までに積み上げてきたものがあるからである、ということを改めて実感させられました。
 もう一点このブログを読んで感じたことは、休むことなどで、今までと違う視点で物事を見ることが大変大事だということです。
休むことだけには限りませんが、今まで行ってきたものを違う視点で見るということは、そう簡単なことではないと思います。その簡単でないことを「休むこと」は手助けをしてくれるのかもしれません。
 生きてく上での、頑張るときと休むときとを、うまく使い分けていけるようになれればいいなと思うブログでした。


投稿者: バレボー | 2010年01月29日 11:35

 発熱したと聞いて、先日の講義の際に先生が辛そうに話されていた場面があったことを思い出しました。先生は大変多忙な方だとは思いますが、今は無理をなさらずにゆっくりと休んでください。
 しかし、私だったらネガティブにしか感じられない発熱であっても、先生にかかるとポジティブなものに感じられますね。普段とは異なる角度から物事を考えることができるのならば、発熱することも満更悪くないかもしれないと思えてきます。
 寝込む前よりも鮮明な意識を持ち、キツツキのように甦った先生の講義を楽しみにしています。


投稿者: おから! | 2010年01月30日 15:40

 埼玉大学で先生の講義を受けているものですが、コメントさせていただきます。

 ブログを読んで、一言で「休む」といっても意識の持ちようで先生みたいな考え方ができるのだなと感心しました。僕は病人役割をいいことにして怠惰を満喫してしまう方でした。
 ですが、僕の場合はわかりませんがそれも頑張ったということがあってこその賜物ということですよね。僕ももっといい意味で休息を有意義とまではいきませんが考えていきたいと思いました。そして休むことを終えたあとの切り替えもとても重要だと思いました。

 上記をふまえて考えてみると親は本当に強いですね。風を引いたときでも「休む」ことを最小限に抑えいつもと同じように頑張っていましたから。そして何よりここ何年間風邪を引いてる姿をみたことがありません。
 今思うともっとしてやれることはあったのになにもせずにみていただけだなと申し訳ない気持ちになります。これからは人の気持ちも少しは理解できるようになったと思うのでつらい時には親はもちろんのこととしてみんなをいたわれたらなと思います。

 話はそれましたがブログを読んで、いろいろ思い返したり、考えたりしてみるのは大事なことだとわかりました。
 先生もノルマを解放と言っていますが、頑張ってしまうたちだと思うので休むときは休んで、今回はゆっくりしてください。お大事に。


投稿者: gamu | 2010年01月31日 16:12

 こんにちは。初めて書き込ませて頂きます。
 体調はいかがでしょうか?
 物事を別の視点から見ることが大事だと改めて気付かされました。現実から一線ひいて脳内を整理するのに、休息はちょうどよい機会だと思います。
 かといっていざ目の前の物事を異なる角度から見るとなると…なかなか難しいことがよく分かります。これから何かに行き詰まることも多々あるでしょうが、そういう時は多視点から見ることを念頭に置いて困難を乗り越えたいと思います。


投稿者: クック | 2010年01月31日 17:14

 私は埼玉大学で宗澤先生の講義を聴いているものです。
 私もボーッとすることは好きですが、今はテスト期間中ですのでボーっとできません。このブログを呼んで、「ボーっと佇む」ことの大切さを再認識しました。春休みに入ったらまたボーっとしてみようと思います


投稿者: しょば | 2010年01月31日 18:04

 埼玉大学で先生の講義を受けているものです。
 大学生になってから暇な時間が増え、ボーっとできる時間が増えました。高校生の頃は毎日部活で三年間ゆっくりする時間がなく、暇な時間はいけないことかのように思っていましたが、今はボーっとして何かを考えたりすることができるのでゆとりを持って毎日を送ることができるようになりました。こういった時間を大切にして、この忙しい世の中を渡っていきたいと思いました。


投稿者: ジラフ | 2010年01月31日 21:52

 埼玉大学で先生の講義を受けている者です。
 自分は、大事なときほど焦ってしまい落ち着いて対応できず、その時の雰囲気で流されてしまっていることが今までに多かったです。
 ここで休憩や一呼吸などしていると大事なことが何もできずに逃げていってしまうのではと今までは考えてきましたが、今後そういう機会にあったときは一呼吸や休憩をして、適度に落ち着いて決断を下せるように挑戦したいと思います。


投稿者: 有希@消失中 | 2010年01月31日 21:55

 埼玉大学で講義を聴かせてもらってる者です。

 私は大学生でありながらアルバイトで塾講師をさせてもらっており休みのない多忙な生活をしています。そんな私も昨年の秋頃新型インフルエンザにかかったときに、「人生観を変えた」をまではいきませんが、自分の「今」を見つめなおす大切な時期になった気がしています。人間は一時的でも多忙さから解放されるといろんなことを考えるものだなと思いました。「何のために塾講師をしているのだろうか」とか、「自分の進路は正しかったのか」など考えさせられました。多忙のときは考えないようなことを考えてしまうということもあるのだなと自分は感じました。

 最後にお体をどうぞお大事にしてください。


投稿者: tsuji | 2010年01月31日 23:24

 こんばんは。体調は大丈夫でしょうか?
 テスト勉強をしなくてはいけないから休めないという考え方もあるけれど、多少休みをとりつつ勉強したほうが効率があがるという統計もありますし、休むということはやはり大切なのだと私もよく思います。
 ボーっとする時間、それはとても大切なことであり、その時間があるからこそ、また頑張っていけるのでしょう。ただ、単に休めばいいということではなく、その切り替えが重要なのだと分かりました。
 よく小さいころ親や学校の先生などに遊ぶときは遊ぶ、勉強するときは勉強するとけじめをつけなさいと言われた人は少なくないと思います。それもこのことに関連があるのではないかと感じました。これから、頑張るときは頑張って休むときは休む、そのけじめをきちんとつけて生活していきたいです。


投稿者: NHK | 2010年02月01日 00:03

 埼玉大学で講義を受けている者です。
 私は昨年、流行していた新型インフルエンザに感染したのですが、家で休んでいる間はきちんと寝るわけでもなくだらだらと無駄な時間を過ごしてしまいました。すぐには治らずにひどい思いをしましたし、アルバイトやサークルの仲間にも迷惑をかけてしまいました。まじめにしっかりと休んでおくべきでした。
 忙しい生活を送る上では、休むときは休む、としっかりと目的意識をもって休むことはとても大切なことですね。
 


投稿者: T260 | 2010年02月01日 10:13

 こんにちは。
 埼玉大学で受講させていただいているものです

 お大事になさってください。

 「休むこと」は普段の生活とは違う時間の流れに身をおき、自分を見つめなおすよい機会なのですね。
 普段時間にゆとりはありながらも、しっかりと「休む」ということはしばらくしていないので、春休みに入ったら「休んで」みたいと思います。
 まずはテストで休んでいる場合ではありませんが。


投稿者: KP | 2010年02月01日 12:43

 埼玉大学で講義を受けさせて頂いている者です。
 私は最近大きな怪我をしてしまい、生活の中心になっていると言ってもいいほどの活動を休まなくてはならない状況で、焦りやストレスなどを感じながら過ごしていました。しかしこのブログを読み、このような時間でさえ、気の持ちようで次につながるエネルギーに変えることができるということに気づかされました。怪我を後悔しながら過ごすのではなく、今しかできないことに充実感を覚えながら過ごしていきたいです。
 先生もお体を大切にして下さい。


投稿者: anya | 2010年02月01日 16:37

 体調はいかがですか?

 私の家ではこの間、父がインフルエンザにかかりました。そして、なんと母もかかりました。
 さらに…私も…
 と言いたいとこですが、私は全くもって元気でした。もともと病気とは無縁で、かかってもすぐ治る健康体です。

 そして元気だった私はというと、予防のためマスクをしながら、家事をしました。一人暮らしの経験がなく、炊事洗濯はやってもらうのが当たり前の生活をしているので、改めて親の有り難みを感じました。
 今しか遊べないし、やりたいことやって楽しい大学生活を送りたいと思うけれど、たまには親孝行としてまた自分の為にも、家の手伝いをするのもいいなと思いました。なんといっても、もう20歳なので料理ぐらいできないと…。

 最後になりましたが、お体には気をつけて下さい。


投稿者: けんこー | 2010年02月01日 17:01

 私は今日、食べ過ぎによる胸やけで一日中じっとしていました。どうやら私の頭は、何もしていなくても、いろいろと思考していることに気付きました。何を思考しているかというと、たいていは過去のことを思い返しては、ああでもない、こうでもない、と思ったり、自分という人間を分析したりしています。
 先日、苦い恋の経験をしまして、一日中そのことばっかり考えていて何もかもが手につきませんでした。そんな堕落していく自分に嫌気がさしてきて、暇だと余計なことを考えてしまうから駄目なんだという結論に至りました。もともと、背伸びをしたい私は、「大学生って、時間があっていいよねえ」と働く人から言われるのがあまり好きではありませんでした。
 でも、最近はそういう時間は大切だということに気付きました。今日も胸やけが落ち着いてきたのでお風呂に入ったら、二時間も湯船の中で考えていました。初めて自分の高校時代を丁寧に振り返りました。高校時代の私は、とにかく自信がなくてなんとなくとっつきにくい人間でした。楽しい思い出もそんなにない高校生活だと思っていました。
 しかし、丁寧に思い返してみると、ある三人の先生との出会いが、自分に自信を与えていてくれていたことに気付きました。いろんな出会いや出来事が重なって今の自分があるんだと思います。そういう恩を忘れない人間でいたいです。そもそも高校時代を思い返すきっかけを作ったのは、苦い恋の相手の何気ない一言だったりするんですけどね(笑)
 とにかく、思考することによって人は成長することができるんだなと思いました。それだけでも、幸せなことだと思います。考えすぎも良くないけど、私は生きている以上、この考える自由を最大限に満喫したいと思います。


投稿者: まけい | 2010年02月01日 23:27

 私の家は母が専業主婦だったので、風邪をひくと幼いころから母が看病してくれました。

 最近になってやっと親のありがたみというながわかってきましたが、今は父も母もともに働いています。このごろ母が体調を崩しやすく、職場のことで疲れているのようなので、風をひいたときだけに限らないですが、極力家事の手伝いをしていきたいと思います。


投稿者: バタ | 2010年02月01日 23:51

 こんにちは。
 埼玉大学で講義を受けているものです。

 体調はいかがですか?
 無事でいることを願っています。
 先生のブログを読んで、親の大切さについて改めて考えさせられました。
 思えば自分が子供のとき、私の親も先生のようにしてくれました。
 自分が親になったときも同じように子供に接してあげれるような親になりたいものです。
 それでは、お体に気を付けてください。


投稿者: 逢夢 | 2010年02月02日 11:51

 こんにちは。
 埼玉大学で先生の授業を受講させていただいているものです。

 体調いかがでしょうか?

 先生のブログを拝見させていただいて、改めて休むことの重要性に気づきました。
 休めるときに休めることがいかに幸せなことなのだろうと思います。


 最後に、お大事になさってください。


投稿者: 七味 | 2010年02月02日 12:02

 埼玉大学で講義を受けているものです。

 病気になることで健康がいかに大切かがわかるということは、「まさにその通り」とつい先日実感しました。
 そこで思ったのですが、大病は人生観を変える、そこまではいきませんが、新たな視点を手にするために病気で寝込むことは一つのいい方法なのではないか。
 リフレッシュするために現実と一歩距離を置いてみる。現実から逃げていると揶揄されることもあるのかもしれませんが、それが今の複雑な社会において最も賢明な息抜きの方法だと思います。
 その事によって、先生も仰っていましたが、新たな考え方が生まれ、そこまで気に病まなくなる。自分を、世界を俯瞰することができる。

 今生きている人々は現実との距離の置き方に苦心しているのではないでしょうか。

 怪我の功名という言葉もあります。
 
健康に気を付けながらも、息抜きを忘れずにしたいものです。

 長々と失礼いたしました。


投稿者: atonly | 2010年02月02日 14:23

 体調はどうですか?

 自分はつい最近インフルエンザ(新型)にかかってしまったばかりで、一週間ほど授業にも出れずに家にこもりっきりでした。自分自身に対して病弱なイメージは持っていませんでしたから、一日中ベッドで寝込むのは久々の体験でした。    

 ボーっとして寝込む日々が続き、治った時には心なしかさまざまな感性が研ぎ澄まされている気がしたのを覚えています。たとえ「踏ん切りをつける程度」だったとしても「リセット」することは大事だと身をもって体感しました。


投稿者: たつぼん | 2010年02月02日 14:24

 埼玉大学で講義を受けさせて頂いている者です。

 私は幼いころ両親が離婚し母親一人に育ててもらいました。母は昔からあまり病気などせず元気に働いています。しかしブログを読んでみて「もしかしたら母親は病気だったのに無理していたのでは」という感情が湧いてきました。親というものは子供のために一生懸命頑張ってくれているのだなあと痛感しました。今も母親は「あんたが卒業するまでは働かなきゃね」と笑って言ってくれています。
 そんな母は長年『休息』をおそらくほぼ取っていません。ですから、私が卒業し、収入を得るようになったら母に恩返しの意味も込めて何か『休息』をとれるようなことをプレゼントしたいと思います。


投稿者: ぶんた | 2010年02月02日 14:50

 埼玉大学で先生の講義を受講しています。
 私は母子家庭で育ったので、このような親のありがたさをすごく感じます。おちおち病気もしていられない。そう考えると母って偉大ですね。自分も親の立場になったとき、そんな風になれるのかと思います。実際はならないとダメなのですが。やはり責任が伴ってくると変わるんですかね。


投稿者: 兼久商店 | 2010年02月02日 14:53

 埼玉大学で講義を受けているものです。

 やはり休息は大事ですよね。
 つい先日テストに向けて勉強していて、どうしても問題が解けずに諦めて寝てしまい、翌日寝起きの頭で考えた方法で挑戦してみると簡単に解けたということがありました。

 ボーっとしている間のとりとめのない思考に浸ってみるのも大切だなと感じた一幕でした。


投稿者: irr | 2010年02月02日 15:14

 埼玉大学で先生の講義を受けさせて頂いています。

 私は正月早々にインフルエンザにかかってしまいました。
 幸いにもお正月で実家に帰っていたため、両親に看病してもらいました。普段、埼玉で一人暮らしをしている分、改めて両親の優しさ、ありがたさに気付きました。
 今年、無事に成人式を迎えたので、今後立派な成人になれるよう、そして両親に親孝行できるように、今できることをしっかりやっていきたいと思いました。

 お体には、気をつけてください。


投稿者: BANANA | 2010年02月02日 15:22

 埼玉大学で先生の講義を受けさせて頂いている者です。

 私も先々週あたりに体調を崩してしまったのですが、変に無理して一週間も長引かせてしまいました。やはり、体調が悪いときは回復に専念することが大切ですね。

 先生も日々忙しい身だとは思いますが、くれぐれもお体には気をつけてください


投稿者: たわごと | 2010年02月02日 16:08

 埼玉大学で講義を受けている者です。
 コメントさせていただきます。

 私は性格上”ボーっと”することが多いので、普段はボーっとしないように心がけていました。でもこのブログを読んで、ボーっと佇むことも時には必要なんだと思う事が出来ました。病気になった時など、いつもと違う目線で世界を眺めることで「自分の人生観が変わる」ということもあるのだなと感じました。

 先生はお忙しいとは思いますが、自分の健康には十分気を付けてください。


投稿者: がーす | 2010年02月02日 16:34

 埼玉大学にて宗澤先生の授業を受講しているものです。
 体調は大丈夫でしょうか?先日は雪も降り、最近は気温の冷え込みが大きくなってきているのでお互いに体調管理には気をつけたいものです。

 今回のブログのテーマからは宗澤さんのポジティブな思考が伺え、私の考えと共感する部分が多かったです。気をつけていたとしても人間誰しもずっと健康であるということはありえず、熱など起こしてしまうものです。目標、ノルマなどに向かっている社会人などにとってほど熱を起こし休んでしまうことは大きな障害になり社会的責任などにも影響するでしょう。
 しかし、なってしまったからには仕方ないと思えば少し気が楽になるのではないでしょうか。体調も悪いのでいろいろとネガティブなことを考えてしまいがちですが、熱をひいてる間も大事な人生の一部であり、のちの将来につながっているのです。
 そう考えれば先生のようにゆっくり過ごす時間も何か新たな発見につながり、ゆっくりだけども濃い時間となるのでしょう。そして熱を出す前より元気になって、迷惑かけた分みんなに返していけばいいのではないでしょうか。

 熱をひかないことは一番ですが、ひいてしまった時に無駄な時間は過ごしたくないものです。


投稿者: 少年K | 2010年02月02日 17:24

 埼玉大学で先生の講義を受けているものです。

 普段から自分はなにか病気をして休む時には日常の延長のようにただただ寝ているだけで、しかもなかなか治ったらあれもこれもしなくてはならないと焦っていました。
 しかしこのブログを読んで、確かに休んでいるうちから焦ってもしょうがない、まずはゆっくり休むことが大切なのだとわかりました。
 サークルやテストで忙しい毎日ですが、だからこそ「休む」ことを大切にしていきたいです。

 最後にお体に気をつけてください


投稿者: くまてつたろう | 2010年02月02日 20:19

 埼玉大学で講義を受けさせてもらっているものです。
 このブログを読んで「仕事を毎日休まずにこなす」ということは短い期間だったら自分にもできそうなことだと思いました。しかし、親は私が生まれる前から働いていて少なくとも20年以上仕事をこなし続けてきたということを思うと、改めて親ってすごいと思いました。
 私は大学に入ってからアルバイトを始めました。今までは病気にかかって休んでも家族や周りの人たちに迷惑をかけるだけでしたが、アルバイトを始めてからは自分が休むとアルバイト先の人にも迷惑がかかるようになり、少しは仕事をする親の大変さが分かったような気がします。
 これからテスト週間に入りますが体調に気をつけて乗り越えていきたいと思います。
 次の授業では先生の完全復活した姿を楽しみにしています。


投稿者: やえがし | 2010年02月02日 20:21

 こんばんは
 体調はいかがでしょうか?
 体調を崩しているときは、体だけではなく考え方までネガティブになってしまいがちですが、このようなポジティブな考え方にはすごく感心させられてしまいました。
 自分も時には現実と距離を置いて物事を別の角度から見るようにしたいと思いました。


投稿者: tpi | 2010年02月02日 20:32

 埼玉大学で講義を拝聴させていただいているものです。
 ぼーっとする時間は本当に大切だと思います。ぼーっとしていて一見何も考えていないように見えても日ごろ以上に考えている気がします。そして、今まで気がつかなかったことに気がつくこともしばしばだと思っています。
 あまり誇れることではありませんが、大学受験をしている最中にはしょっちゅうぼーっとして色々と考えたりしていましたが、その時に考えたことなどは今でも結構生きていたりします。
 最近はまたぼーっとする機会が増えてきました、それはきっと期末試験に向けて勉強をしているからでしょう。

 最後になりましたが、あまり無理をせずおからだに気を付けてください。


投稿者: あにりん | 2010年02月02日 22:28

 埼玉大学で講義を受けているものです。
 やるべきことは常にあり、私自身なかなか精神的に立ち止まり自らを省みることのない生活です。そんな切れ目のないような生活のなかで「風邪をこじらせ寝込む」というような「休息」は、なるほど自省するには絶好の時間かもしれません。
 自分のなかでそういった時間を自然と設けられるような人は、立派な人だと思います。
 健康にお気をつけ下さい。


投稿者: SH | 2010年02月02日 23:05

 ボーっとする。
 意図してすることではありませんが、私も「ボー」っとした時こそ普段ではあまり考えない自分なりの生き方を感じられるようになりたいと思いました。


投稿者: 赤ベコ | 2010年02月02日 23:08

 埼玉大学で先生の講義を受けている者です。
 自分も先日、風邪をひいてなかなかそれが治らず非常につらい思いをしました。自分がもし親だったらとても子供の面倒までみている余裕はなかったです。そう考えると、体調が悪くても子供たちのことを優先してくれた親に感謝の気持ちがわいてきました。春休みになったら、実家へ帰って何か親孝行をしてみようと思います。 
 


投稿者: まんのす | 2010年02月02日 23:09

 埼玉大学で講義を受けさせてもらってる者です。
 大学に入り、ぼーっとするたびに、早く学校終わらないかな?とか、怠惰な大学生活を送っているな~と改めて思い、高校生の時に思い描いた夢の大学生活とはかけ離れた生活を送っていて、あの時思ったことがばかばかしく思えてしまいます。
 こんな堕落した大学生活から抜け出すべく、堕落しがちな春休みも、規則正しい生活をしていきたいと思ってます。


投稿者: バーバー | 2010年02月02日 23:28

 埼玉大学で講義を受講している物です。
 急がしい毎日だと体調を崩すこともあると思いますが、普段と違った生活をすることってのも大切だと思います。
 私も1人暮らしを始めてから体調を何度か崩していますが、そんなときにこそ家族の大切さというものを改めて実感しました。
いるときには感じませんが、離れてみると本当の大切さをいうものが分かるんだと思います。今までは当たり前のように両親に頼っていましたが、これからは今までのことを感謝していきたいと思います。
 宗澤先生のいう"修練"とは違うかもしれませんが、私は私なりに"修練"積み重ねていきたいと実感させられました。
これからもこのブログを見て自分以外のことについてもしっかり考えられるようにしていきたいと思いました。
 今後も体調に気をつけて、ブログの更新を頑張っていってください。楽しみにしています^^


投稿者: つう | 2010年02月02日 23:32

 埼玉大学で講義を受けているものです。

 自分は低血圧のためか、朝起きてもかなり長い間ぼーっとしてしまいます。時間を無駄にしている気がしていましてが、先生の記事を見てそういう時間も必要だなぁと思いました。実際ぼーっとしている時間が一番好きだったりします。

 先生は忙しい身であると思いますが、どうかお体に気を付けてください。


投稿者: みらー | 2010年02月02日 23:48

 ふとしたことがきっかけで自分や身の回りの物事をいつもと違った視点で見ること、自分にもあります。そういう経験でその後の考え方が変わることもあります。
 これってある意味偶然の産物で、ものすごく貴重な体験なんですよね。とまぁこう考えさせられるのもこのブログを読んだのがきっかけで、日常生活の中じゃまず思いもしないんですが(笑)

 これからまた冷え込むみたいですが、お体に気を付けてください。


投稿者: スロギー | 2010年02月03日 00:34

 埼玉大学で先生の授業を受講しているものです。
 体調はいかがでしょうか。

 普段の生活の中で、自分自身を見つめなおすということはなかなかでいないことであると思います。昔は、どんなことがあっても気にしないようにしていたり、関係ないふりをしていたことが多かったように思います。そのように振舞っていることで、真剣なことや大切なことから目をそらすことができると考えていたからです。

 しかし先日、そんな自分と真剣に向き合わなければならない出来事があったことを思い出しました。詳しい内容は公の場ですので割愛させていただきますが、どんな形であっても時間を見つけてゆっくりと考えることの大切さを実感することが出来ました。また、この時に多くの人の話を聞くことでまた新しい考え方も出来るようになるということも知りました。

 これから何回訪れるか分からないターニングポイントで、自分自身でしっかりと考えて後悔のない道を選べればいいなと思います。

 最後にとても稚拙な文章だと思いますが、自分の言いたいことが少しでも伝わっていれば幸いです。


投稿者: ハイスクール | 2010年02月03日 01:35

 埼玉大学で講義を受講しているものです。
物事に行き詰まり、もうどうしようもないといったときは、ひとまずその問題は置いといてボーっとする、ということはよくあります。落ち着いた後、その問題に立ち戻ってみると、そんなに思い悩むことではなかったと感じるものです。
 考えてみるとこのボーっとする時間はけっして現実逃避などではなく、再び行き詰った物事へと自分を向かわせるための充電期間であるのではないかと思いました。もちろんしょっちゅう充電期間であっては困るので、やるときはやるという姿勢が大事だと思いますが。


投稿者: やもと | 2010年02月03日 01:40

 いつも先生の講義を拝聴しているものです。
 私は病気などで休む時、その時追われている課題をつい気にしてしまいあまりゆったりできません。
 しかし今回この文章を読んで、「休むことの大切さ」を再認識した気がします。
 ゆっくり休むことで、今までの自分のを省みる機会になる、その時に何か改善点や思いつくことがあったら、その時間はさらに有意義なものになると感じました。
 これからはそんなことを考えながら休みたいと思います。


投稿者: ドゥクシ | 2010年02月03日 02:46

 時間を忘れてぼーっと過ごすことも時には必要ですよね。
 いつも自転車で通っている道を歩いてみると、見過ごしていた風景に気づきます。忙しい日常と距離を置き、ぼーっとする時間を持つというのは、これと似ていてとても大切なことだと思います。
 お大事になさってください。


投稿者: マカロニ | 2010年02月03日 07:57

 埼玉大学で講義を受けさせてもらっているものです。

 私は一日のうちに必ずぼーっとする時間があるのですが、そのときはいろいろと冷静に考えることができて自分の中では貴重な時間と考えています。「明日」を有意義に過ごすためにもこの時間というのは生活の中によい働きをしていると思います。
 先生のブログを拝見させていただいて「ぼーっとする時間」について改めてかんがえることができました。


投稿者: リンギオ | 2010年02月03日 09:35

埼玉大学での講義を受講させていただいている者です。
風邪を引いたりして休養している時と言うのは
ただ休日にぼーっとしている時とは違って
良くも悪くも色々なことを考えてしまいがちです。
体はだるいけれどもそんなときほど頭が働いて
普段考えもしなかったようなことが思いつくので
無性に何かに書き留めておきたくなったり
ということもよくあります。
こんな感覚がなぜ起こるのか
今まで少し不思議に思っていたのですが
これは「現実と距離を置」いていたからだったのかと納得しました。
風邪を引いている時は休日ではなく休養日なので
しなければいけないことや
考えなくてはいけないことをそっちのけで
自分の思うままに思考を巡らせることができるのではないかなと思いました。
とはいえ一人暮らしをしている今の私にとって
病気になるということは一大事です。
実家に居たときのように母がつきっきりで看病してくれる、
というわけではありませんから
できれば病気は避けたいものです。
病気になることなしに普段の生活の中で
休養をとることができるような
巧い時間の使い方ができるようになれば、と思います。
最後になりますがあまり無理をなさらずにお大事にしてください。


投稿者: しの | 2010年02月03日 11:15

 埼玉大学で先生の講義を受けさせていただいているものです。

 体調は大丈夫でしょうか?
 どうぞお体大事になさってください。

 改めて休息の大切さを感じました。
 そして、目的意識的に休息をとることが大事なのですね。
 以前、病気で休んだ時、その時やらねばならないことが気になってしまい結局あまり休むことができませんでした。
 休むと決めて休むと、忙しい日常の中では気が付くことのできなかったことがたくさん出てきて、休息がとても有意義なものとなるんだと思いました。
 「今」を一生懸命に過ごすことは大切ですが、これからは、休息の時間もたいせつにしたいです。


投稿者: あこ | 2010年02月03日 11:25

 埼玉大学で講義を受けているものです。

 私は最近、講義にサークル、アルバイトなどがあるためゆっくり休むことができていません。
あまり体調を崩すことがないので、怠けているような気がしてあまり休みを取ってきませんでした。
 今回先生のブログを拝見させていただき、今後は生活の中に休みを入れるようにしよう思っています。休みをきっかけに得るものがあるかも知れません。
 最後になりましたが、まだまだ寒さが厳しいので、お体にはお気お付け下さい。


投稿者: たいちょう | 2010年02月03日 11:59

 毎日すごい速さで一日一日が過ぎていく中で、私もこの鳥のように少し佇んで一息つくのも大事なのかなと思います
 忙しい生活の中で、鳥や空・植物などに目を向けることも必要だとこのブログで気付かされました


投稿者: ささだんご | 2010年02月03日 12:28

 「休息は人生においてかけがえのないもの」という言葉ハッとした感じを覚えました。自分の現状に満足しないまま去年1年を過ごした気がして、もんもんとしていましたが、たまには「休むっ」と決めこんでみようかと思いました。新しい視点で自分を見つめ直して今年を充実させたいです。


投稿者: 小岩井 | 2010年02月03日 12:43

 確かに休むことって大切ですよね。
 自分も体調が悪くて休んでいるときには、自分の最近についていろいろと違う視点から考えることができました。そして治ったときには以前とは違う考え方を持てていた点も先生と同じです。頑張りすぎて視野が狭くなってしまったときには少し気を抜いて休んでみようと思いました。


投稿者: サン | 2010年02月03日 12:54

 埼玉大学で講義を受けている者です。

 ブログを拝見させていただいて、親が病気になった時、肉体的にも精神的にもつらいと書かれていましたが、子供も精神的につらいものがあると思います。自分も親が風邪をひいたとき、自分のことを考えて、風邪をひきつつも頑張ってくれているのが、ひしひしと伝わってきていたので、かなりつらかったです。


投稿者: ケン | 2010年02月03日 12:55

 埼玉大学で講義を受けさせてもらっているものです。

 「ぼーっとする時間」はただ無駄なものではなく、自分自身と向き合える時間だと私は思っています。
ただ忙しく過ごしていくだけではなく、
 ゆっくり立ち止まる時間も重要だと思いました。


投稿者: パク | 2010年02月03日 12:58

 埼玉大学で講義を受けている者です。
 私は小学生の時に父親を亡くしているので、母親が父親の分も頑張るかのように私と妹を育て上げてくれました。思えば母が風邪をひいた時や怪我をした時もできるかぎりなるべくいつもと変わらないように家事をしてくれました。今この記事を読んで母への感謝の気持ちがより強くなりました。
 そんな母が頑張りすぎて張りつめないように自分から気を抜けるような機会をあげられるようにしたいと思います。


投稿者: じゃが | 2010年02月03日 14:17

 私は埼玉大学で宗澤先生の講義を聴いているものです。
 私は「ボーっと佇む」ことの大切さについて非常に共感することができました。 
 特に先生がブログの中で「現実と距離を置くと覚悟を決めて寝込んでしまうと、普段とは異なる角度から日常の光景がさまざまに見えてきます」とお書きになっているところです。
 なかなか解決できない問題があるときに、そのことばかりを考えていてもなかなかうまくはいきませんが、ふと違う観点からその問題について考えてみると案外解決できてしまったりします。
 これからもなにか壁にぶつかってしまったときは、一回ボーっと佇んでみたいと思います。 


投稿者: たみお | 2010年02月03日 14:26

 こんにちは、埼玉大学で先生の講義を受けているものです。
 私は、これまでいつもぼーっとしていることが多く、いつもあとから「もったいない時間を過ごしたなぁ」と思ってましたが、宗澤先生のブログを読んで、このぼーっとする時間も無駄じゃなかったんだと思えました。


投稿者: タラオ | 2010年02月03日 15:01

 埼玉大学で講義を受けているものです。
 最近私は、テストやアルバイト、授業やサークル活動などに追われてあまりしっかり休んでいないと思いました。
 休むことの大切さにこのブログを読み気付かされました。
 先生のおっしゃる通り休息は人生に不可欠な大切なものだと思うのでこれからはそういう時間を大切にしたいと思います。
 まだまだお寒いのでお体にはお気を付けください。


投稿者: seto | 2010年02月04日 23:02

 先生の講義を受けている者です。
 私も最近同じようなことを思ったのでこの記事にコメントしようと思いました。
 私は日記(というほど毎日つけていないですが)を書いて、机の前でぼーっと物思いにふけることがすごく多いです。そうするといつも気分が楽になるんです。忙しくてそういう時間がとれないと、最近あった出来事や考えたことが整理できなくて、頭がいっぱいになってしまうような感じがします。今までは何気なくやっていたのですが、その時間は私にとってとても大事なものなんだなと最近気づきました。誰にでもそういう時間はあるんですよね。。。


投稿者: くっきー | 2010年02月09日 10:22

 埼玉大学で先生の講義を受けている者です。

 先生のおっしゃる通り、自分自身や自分を取り巻く環境とじっくり向き合うためにも、休養は人生における大切な時間の一部だと思います。私の場合は普段からやることやってないので休むと焦燥感に駆られることが多いですが…。
 同時に、子どもの頃体調がすぐれなかった私を看病してくれた親への感謝の気持ちも改めて感じました。


投稿者: ポッキー | 2010年02月09日 19:23

 埼玉大学で講義を受けているものです。

 自分は大学に入ってからただただ漠然と毎日を過ごしてきました。特別につまらないということもありませんが、特別に楽しいということもありません。
 そんな、ある種病気状態(決して精神的に病んでるというわけではありません)な自分なのですが、この記事にも書いてあるように”修練の賜物”として、休息を享受できるように、1分1秒は難しいと思うので、1日1週間を少しずつ、大切で有意義なものとして過ごせるようにがんばって生きたいと思いました。


投稿者: 弱者の一撃 | 2010年02月09日 23:10

 埼玉大学で講義を受けているものです。
 先生のブログを読んで、休むことの必要性を再認識しました。日ごろからぼーっとすることが多いのですが、考えている内容によってはすごく有意義な時間を過ごすことができていたのだなと思います。忙しい中ではそのような時間を見つけることも難しいかとおもいますが、学生であるうちにいろいろなことを自分なりに考えていきたいと思います。


投稿者: とうもろ | 2010年02月09日 23:44

埼玉大学での講義を受けている者です。

 まだ私は子供がいないし、まだまだ人生経験も浅く、仕事でのストレスや他人との間に生じる摩擦は先生のように多くはないかもしれませんが、休みの重要性はとても感じます。
 私が風邪やそれなりの疲れを感じて布団でボーっとしてる時、自分の今の生活のリズムやそれに対しての充実感などを客観的に見つめなおせていると思います。その時間があるからこそ、前とは違うことをしたいとか、もっとあそこを変えなければだめだとか自己反省して、自分の生活の活力を生んでいけてるのだと思います。それは先生の言うようにリセットとはニュアンスの違うものだと思います。私はやり直すというより自分を向上させるための行動だと感じます。
 これからますます多忙な期間が増えると思うので、適度な「ボーッ」を生活のサイクルに取り入れて、自分を向上させていこうと思います。


投稿者: jonio09 | 2010年02月10日 02:42

 こんにちは。
 埼玉大学で講義を受けているものです。

 先生のように忙しい人だからこそ、休と、気持ちを切り替えることの大切さをわかっているのでしょうね。 忙しさにとらわれるのでなく、一度深呼吸し一歩下がって自分の状況を見てみる・・・
 簡単なことですが忘れがちなことでもありますよね。

 大学の卒論で忙しく、部屋にこもっりきりだったとき、友達に言われてふと窓の外を見ると、夕焼け空に富士山の影があり、とても感動し心があらわれました。そして、「焦ってもしょうがない。地道にやろう。」と元気づけられました。

 前を向いて進むだけでなく、たまには上や横などよそ見をすることも人生なのかなと思いました。

 まあ、まだそんなに老けこむ年でもないですが・・・


投稿者: タイヘンジャー | 2010年02月10日 15:34

この記事を読ませていただいて、感じたことは頑張っている人だけが感じることのできる本当の休息というものがここには書かれているのではないかなということでした。
私も大学生活の中で怠けることが多くなっています。目標をなくし、もう二度とはやってこない今日をだらだらと生きていたことに気付きました。
私もここでいうキツツキのように蘇ることができるようになるために、今から自分の人生を切り開いていきたいと思います。このことに気づかせてくれてありがとうございました。


投稿者: ガングリオン | 2010年07月28日 13:44

私の場合、やらなきゃいけないことをため込みすぎると逆に動けなくなってしまうというめんどくさい性質があるので、休息の大事さはとても実感します。
働くことと休むことのメリハリをつけることが大事ですね。


投稿者: じょにい | 2010年08月04日 03:53

 自分もメリハリをつけることは大事だと考えているので、全力で働いた分全力で休むということに関しては私は一向に構わん。
 という意見ですね。この記事を見て、昔剣道をやっていた時の顧問の先生を思い出し、最近少しだらけ気味だった自分に喝を入れられた気分です。


投稿者: 烈海王 | 2011年01月25日 12:46

 人間、いや動物である限り体調を崩すというのは不可避なものです。「休む」という行為がどれほど貴重なものか改めて実感するときは、やはり風邪をひいたときですね。
 またひょんなことから違った視点から物事が見えるのだなあと感じました。


投稿者: AB | 2011年01月26日 12:48

 小説のイロハに、「良いアイデアはリラックスしているときに訪れる」というものがあります。必死に考え、死にもの狂いでアイデア探しをしているときには浮かばないネタが、買い物に行く間の5分間の散歩で浮かんだりするのです。
 この記事では、それに似たようなものを感じました。原因は何であれ、一度その仕事から少し遠のいてみると、案外、仕事の解決法が見えてきたりすることも多いです。再考の力を出せない状態で仕事をしても、処理しなくてはならない仕事がいたずらに積み上げられるだけだと感じます。「休んでる暇がない」人ほど、ぜひとも「休んで」欲しいと改めて感じさせてもらいました。


投稿者: 黒井 | 2012年07月19日 11:45

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
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