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梶川義人の「虐待相談の現場から」

当事者それぞれの物語

 前回、虐待事例の対応の際に情報を「物語」として集めて整理することをおすすめしました。今回は「物語」の例をご紹介します。個人情報保護のため、実際のものに脚色を加えています。

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 P(男性)さんは、A県の貧しい農家に、8人兄弟の6番目として生まれました。何人も兄がいるので、中学校卒業後、大阪の飲食店に住み込みで働きだします。妻とはそこで知り合いました。二人は実家から「要らない子」扱いされた境遇が似ていたため意気投合し、故郷を見返したいという思いを胸に一生懸命働きました。やがて、二人は結婚し、東京のB市に飲食店を開いて大成功させます。二人の男の子も育てあげました。

 Pさんは、長男に、小学生の頃から仕事を手伝わせるなど、厳しく接しました。立派な二代目に育って欲しいという期待からです。一方、Pさんの妻は、耐える長男を何かとフォローしていたので、長男はとても慕っていました。長男は、高校卒業後、他店に修行に行き、結婚を期に23歳で実家に戻って店で働きだします。次男は、兄より一足先に21歳で結婚し、別居して隣市に支店を開きました。一家は順風満帆でした。

 ところが、15年前にPさんの妻が62歳で病死してから、歯車が狂い始めます。Pさんの頑固さや短気さ、寡黙で口下手な性格が仇となって商売が上手くいきません。調理にだけ専念していたPさんでは、何事も妻のように上手くできないのです。また、経営方針をめぐりPさんと長男が対立し、代替わりもままなりません。Pさんは、唯我独尊で、客も従業員も選ぶのに対し、長男は、客や従業員第一だからです。また、二人とも口数が少ないため、話自体が前に進みません。

 長男は、「Pさんの妻が早死したのは、Pさんが全てを押しつけてこき使ったからだ」との思いから、Pさんと真逆の方針を譲りはしませんでした。本当は、Pさんには、自分が苦手とする人付き合いを助け、愚痴一つ言わず一緒に苦楽をともにしてくれた妻には、溢れんばかりの感謝の気持ちがあったのですが。

 こうして、客足は遠のくようになり、従業員も次々辞め、長男夫婦も不仲となって離婚し、5年前に閉店します。会社員となった長男とPさんだけの暮らしが始まりますが、几帳面な長男は、忙しくてもキチンと炊事、洗濯などをこなしていました。しかし、Pさんは、妻を失った喪失感と、長男への期待が外れた思いを抱えたまま、日々を無為に過ごし、80歳を過ぎた頃から、介助は不要であるものの、動作も鈍化していきます。そして、半年ほど前から、長男は、時々Pさんを蹴ったり、叩いたりするようになりました。

 いつも、Pさんの口答えが引き金になります。長男が「なぜ、用意した下着を着替えないのだ!」と責めたとき、決まってPさんはあれこれ口答えします。これが長男には癪にさわるのです。「自分が子どもの時は、いくら厳しくされても口答えしなかった。正論は商売を成功させたPさんにあったからだ。しかし、今のPさんに正論はない」というわけです。

 同じ出来事であっても捉え方は人それぞれです。そこで、当事者それぞれを主語にして、物語を思い描いてみると、実態に迫り易くなります。


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プロフィール
梶川義人
(かじかわ よしと)
(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。
著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
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